アタラント号

7月25日(木)曇り

 シネマヴェーラ渋谷でジャン・ヴィゴ監督の『アタラント号』(1934)とジョン・クロムウェル監督の『若き日のリンカーン』(1940)を見る。この映画館が続けている「映画史上の名作9」シリーズの中での上映である。なお、映画館の発行している通信ではジョン・フォードが1939年に監督したYoung Mr.Loncoln(ヘンリー・フォンダ主演)を上映するということだったが、映画館の窓口で1940年のAbe Lincoln in Illinoisが上映されるといわれた。リンカーンを演じているのはレイモンド・マッセーで、日本語の吹き替え版である。『エデンの東』で父親を演じた俳優の代表作ということで、これはこれで見どころのある映画であった。特にスプリングフィールドを去ろうとしている特別列車の上からリンカーンが人々に演説する場面は忘れがたい印象を残す。

 『アタラント号』(L'Atalante)は若くして世を去ったフランスの映画監督ジャン・ヴィゴ(Jean Vigo, 1905-34)の最後の作品であり、1990年に原型に近い形で復元された版の上映である。私はこの版が製作される以前に2度ほど、1970年の大阪万博の際のフランス館の上映と、それ以後どこかの上映会で見ている。ストーリーよりも画面の美しさの方の印象が強い。その評価は今回の上映を見ても変わらなかった。

 アタラント号はル・ア―ヴルとその上流の田舎町を往復している川船である。若井船長のジャンは、田舎町の娘ジュリエットと結婚し、船の上での生活を始める。新妻のジュリエットには慣れないことも多い。彼女はパリに近づいたときに、都会へのあこがれから船を抜け出してしまう。怒った夫は彼女を置き去りにして船を出してしまうが、すっかり気落ちして急に川に飛び込み、水の中に彼女の幻影を見たりしている。一方ジュリエットはひったくりにあって帰るに帰れなくなってしまう。船長を心配した副長の老水夫ジュールおやじがジュリエットを探し出して、二人は元の鞘に戻る。

 トーキー初期の作品でセリフは少なく、ストーリーは単純かつ通俗的なものであるが、映画の画面の美しさが特徴的である。特に川霧が漂う場面の詩情については多くの人々が指摘してきた。その一方で川船が航行する水路や船の中での生活の詳しい描写など今でも新鮮に思われるショットが少なくない。老水夫を演じているミシェル・シモンの演技と彼が可愛がっているたくさんの猫たちの全く勝手な動きが印象を残す。

 ヴィゴはその短い生涯の中で4本の映画しか作らず、長編劇映画として残されたのはこの作品だけである。この映画には、映像表現のいろいろな可能性が感じられるのだが、物語が小さくまとまっている分、可能性が可能性だけで終わっているようにも思われる。彼を記念するジャン・ヴィゴ賞が実験的な映画をつくった新人作家に与えられる傾向があるのは頷けるところである。
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興味深く拝見いたしました。

昨日はVigoの作品を4本観ました。
1930年代の作品とは信じられないほど、映像も素晴らしく、好きな作品の一つになりました。

早速、日本語でもでているかどうか調べました。
もう一人の方がブログに書いておられました。

戦前のひっそりと隠れた名作をこうして紹介することはとても貴重だと思います。
また新しい昔の名作を観たら、訪問致します。

Re: 興味深く拝見いたしました。

小生のブログに目をとめていただき、ありがとうございます。ヴィゴの作品を4本御覧になったとのこと、私は『アトラント号』と『操行ゼロ』しか見ておりませんので、うらやましい限りです。

『操行ゼロ』は学園内の叛乱を描いているということで、発表当時問題作だったようですが、見た感じでは理解できない部分があったと記憶しております(今、観たら、別の感想をもつかもしれません)。逆に『アトラント号』は何の変哲もない作品のように見えて、余韻が残る作品だと思います。ジャン・ルノワールの小品『ピクニック』にも同じようなところがあるので、未見であればぜひご覧ください。

映画史上記憶されるといわれている作品はできるだけ見るようにしているのですが、日暮れて途遠しというところで、見ていない作品がたくさんあります。また、何かありましたら、こちらこそいろいろと教えていただきたいと思います。まずはお礼まで。

> 昨日はVigoの作品を4本観ました。
> 1930年代の作品とは信じられないほど、映像も素晴らしく、好きな作品の一つになりました。
>
> 早速、日本語でもでているかどうか調べました。
> もう一人の方がブログに書いておられました。
>
> 戦前のひっそりと隠れた名作をこうして紹介することはとても貴重だと思います。
> また新しい昔の名作を観たら、訪問致します。
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