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日記抄(5月7日~13日)

5月13日(月)曇り一時晴れ

 5月7日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、以前の記事の補遺・訂正等:

 前回、5月1日放送の『NHK高校講座 コミュニケーション英語Ⅲ』でシャンポリオンによるエジプト象形文字解読について、象形文字が必ずしも表意文字ではなく、表音文字としても使われていることで、糸口をつかんだことが放送の中で触れられなかったと書いたが、8日の放送でこのことが取り上げられていたので、私の方が早とちりをしていたことがわかった。ここで訂正しておく。

 5月6日に保土ヶ谷公園サッカー場でなでしこリーグ2部の試合を観戦していた際に、隣の保土ヶ谷球場から「若き血に』という慶応の応援歌が聞こえてきたので、慶応高校がどこかと試合をやっているのだなと思い、しばらくして軟式野球の神奈川県大会の決勝戦らしいと気付いた。この試合、延長戦にもつれ込んで決着がつかず、5月8日に再試合ということになった。再試合では慶応が横浜創学館高校を3-2で破り、優勝と関東大会出場を決めたそうだ。横浜創学館の投手は2試合とも1人で投げ切ったそうで、その健闘は大いに讃えられていいだろうと思う。

5月7日
 NHKラジオ第二放送の『ラジオ英会話』の冒頭で、講師の大西泰斗さんが例によってダジャレを飛ばし「クロード・チアリ」といったが、年齢がわかるギャグである。1965年に日本で公開されたギリシア映画『夜霧のしのび逢い』(ヴァシリス・ジョルジアディス監督)は上映に際して、主題歌をクロード・チアリがギターで演奏する”La playa (浜辺)”と差し替えたことで、ヒット作となった。チアリさんはもともとフランス人で(現在は日本国籍を取得)あるから、ずいぶん国際的な改変をしたわけである。なお、この映画は1963年のアカデミー外国語映画賞にノミネートされている。このときの受賞作は、フェリーニの『8¹/₂』であり、他に日本映画『古都』(中村登監督)と、ポーランド映画『水の中のナイフ』(ロマン・ポランスキー監督)もノミネートされていた。『夜霧のしのび逢い』という映画は、京都の美松劇場(大劇だったか名劇だったかは記憶にない)で見たのだが、タイトルの文字を見ていて、それがギリシア語だということに気づくのにだいぶ時間がかかったことを覚えている。

 望月優大『ふたつの日本 「移民国家」の建前と現実」(講談社現代新書)を読み終える。

5月8日
 NHKラジオ『まいにちフランス語』の”Bienvenue dans la francophonie"(フランコフォニーへようこそ)ではベルギーの深刻な言語対立の問題が取り上げられた。1830年にベルギーがオランダから独立したとき、公用語はフランス語であったが、19世紀末にはオランダ語系住民の言語文化的な権利要求が高まり、二言語主義が導入された。しかし、市民生活におけるフランス語優位が続いたため、1930年代からは市井喜一言語主義が原則として定められた。さらに1993年の憲法改正によって連邦制国家となった。
Même après cela, le conflit linguistique a continué et les appels à l’indépendance de la Flandre ne cessent pas, ce qui provoque de fréquentes crises politiques.
その後も言語対立は続き、フランドルの分離独立を求める声が絶えず、しばしば政治的な危機を引き起こしている。
 英国の欧州連合(EU)からの離脱問題が話題になっているが、それ以外のEU諸国の国内の問題として分離独立の動きについても目を離すわけにはいかないようである。

5月9日
 『ラジオ英会話』に
They have big kites that are about six to ten tatami mats in size.
(6畳から10畳くらいの巨大な凧をあげる。)
という表現が出てきた。むかし、新潟県の物産展で、凧つくりの名人が作った魔よけの凧を駆って、部屋に飾っていたことがある。今でもどこかにあるはずである。ロンドンのニールズ通りというファイロファックスの店があったりする通りに、凧の専門店があったが、いつの間にか姿を消してゲームを売る店になっていたのを思い出す。

5月10日
 『日本経済新聞』朝刊に連載されている「令和を歩む」というインタビュー記事の第7回(最終回)で国立情報学研究所の新井紀子さんが、青年たちに「AIに勝る読解力養おう」という主張を展開しているのが読みごたえがあった。「これまでの研究でAIの限界がはっきりした一方で、多くの中高生がAIと同じように読解力が不足していることもわかった。読解力といっても文学の鑑賞ではない。教科書や新聞など事実について書かれた文意を正確に理解するちからだ」という。教師としての経験からいうと、文章を読み取る以前に、教師の指示をそのまま受け取らず、自分勝手に解釈して暴走する生徒・学生が少なくないといいう気もする。単なる不注意もあるし、指示を自分に都合よく曲解する場合もある。事態は複雑なのである。さらに言うと、私は新井さんの文学排撃論には必ずしも賛成ではない。国語の授業は(英語の授業も同様だが)、単なる言語スキルの授業ではなく、人生に対する仮想体験の場でもあると思うからである。また日本の(特に保守的な傾向が強い)自然科学者の中に、「情緒」の重要性を強調する人が多いことも気になっている。
 しかし、新井さんの「AIと差別化できる力は「創造力」だとする論もあるが、論理性や構成力のない思いつきはアイデア倒れになりやすい。型破りは基本の型が身についたうえで破壊するから型破り」なのであるという議論には賛成である。

 同じく『日経』の「私の履歴書」は、橋田寿賀子さんが日本女子大を出た後、早稲田に入学し、最初国文科だったのが、河竹繁俊の授業が面白いので演劇科に移ったこと、そこで同級生だった斎藤武市のすすめで松竹の脚本部研究生の試験を受けたが、その際に席が隣だった斎藤が答えを教えてくれたことなど、以前に彼女の自伝的なドラマであった『春よ来い』と重なる部分もあるが、Fact is stranger than fiction.ということであろうか、読みごたえがある。斎藤武市といえば、4月に彼の監督作品である『白い夏』(1957年)を見たところである。彼に比べると橋田さんは遅咲きだなぁと思う。

 「朝日川柳」に「虎の威を借りる狐が虎になる(京都府 松山望)」という句が載っていた。「これも一種の進化論なり」と下の句をつけてみた。「これも一種の」ではなくて、「いわゆる一つの」の方がいいかもしれない。

5月11日
 橋田寿賀子さんの「私の履歴書」の続き。1000人あまりだった脚本部の受験生は25人ほどに減り、その中から松山善三や斎藤武市は演出部に移っていった(助監督になった)そうである。橋田さんはまじめでハンサムな松山さんにひそかに恋心を抱くが、届くわけもなかったと記されている(松山善三は助監督時代に高峰秀子と結婚、後に監督に昇格。また脚本家としても多くの名作を手掛けた。「百万本のバラ」の訳詞者でもある)。
 
 「朝日川柳」の中の一句:「竹とんぼ俺も一応飛翔体(埼玉県 磯貝満智)」 こういう句は好きである。 

 ニッパツ三ツ沢球技場でなでしこリーグ2部第8節:横浜FCシーガルズ対静岡産業大学磐田ボニータの対戦を観戦する。静岡産業大学の男子チームは依然、JFLに参加していたので、その時代に横浜FCと対戦したことがあり、男女両チームともに横浜FCと対戦した大学チームということになる。前半押し気味に試合を進めながら、得点を挙げられなかったシーガルズは後半の立ち上がりに左から攻め上って、最後はMF平国選手が正面からシュートを決めて先制、さらに中盤にもFW高橋選手がシュートを決めて2-0で勝利した。これで勝率を5割に戻したことになるが、GKの望月選手、DFの小原選手など今年加入した選手が大分チームになじんできた感じがあり、これからの戦いぶりに期待が持てそうだ。

5月12日
 橋田寿賀子さんの「私の履歴書」は松竹京都撮影所時代、大庭秀雄監督の『長崎の鐘』の脚本を共同執筆して、ポスターに脚本家として名が出たこと、依田義賢のもとでの修行のことなどから、また大船へもどってきたあたりまでが辿られている。昨年、この『私の履歴書』に登場した草笛光子さんの回想では、この時代の映画界の表舞台の方が語られていたのに対し、こちらは裏方の世界が明るみに出されているという感じである。大庭は佐々木康監督の門下(佐々木監督は小津安二郎の門下)『君の名は』の監督として、また大島渚がその助監督だったことで知られている。もう少し大庭秀雄の映画を見てみたいとは思うのだが、なかなか機会がない。依田義賢は私の学生時代、京都で『骨』という詩の同人雑誌を主宰していて、そのころは、まだ依田の偉大さがわからなかったから、作品を持ち込もうとも思わなかったが、後で、一度でいいから話を聞いておけばよかったと後悔しているのである。

 ニッパツ三ツ沢球技場でJ2第13節:横浜FC対FC町田ゼルビアの対戦を観戦する。前半守備の乱れで1点を失うが、後半に戸島選手のゴールで追いつき、引き分け。試合後に、現在は町田に在籍するジョン・チュングン選手が横浜側に、元町田で現在横浜にいるカルフィン・ヨン・アピン選手と戸島選手が町田側に挨拶に行っていたのはさわやかな風景だった。その後、U20の日本代表としてポーランドに向かう斉藤光毅選手の壮行イベントがあった。

5月13日
 『まいにちフランス語』の”Bienvenue dans la francophonie"は今回はスイスを取り上げる。スイスは多言語の国で、4つの公用語がある。中部・東部にはドイツ語を第1言語とする人が63%いる。西部はスイス・ロマンドと呼ばれ、フランス語を第1言語とする人が23%いる。イタリア語は8%で、ロマンシュ語は0.5%である。(フランス語、イタリア語、ロマンシュ語はロマンス語派に属する。) また公用語以外を母語とする人口が増加していて、国民の22%をしめる。数があわないが、スイスの統計では「第1言語(優先的に使用している言語)」と「母語」を区別しているのでこうなるのだそうである。ロマンシュ語はまた方言に分かれていて、一部はイタリアの東北部でも使われているというようなことには触れられなかった。〔イタリアでは公用語としての地位を獲得していないが、日常じっさいに使用している人数はイタリアにおける方がスイスよりも多いようである。このあたりがこの2カ国の特徴をよく示しているかもしれない。〕
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No title

軟式野球の方は関東大会優勝でしたか。花形の競技種目でないものは、我が母校はかなり強いですね。弱いよりかは強いほうが良いです。
創学館高校の投手は一人で投げぬいたということですが、肩や肘などをを壊さないためには、適当な長さで投球を終えるほうが望ましいとおもいます。マイナー種目故に代わりの選手が居なかったのでしょうかね。

Re: No title

 コメントをありがとうございました。
 慶応高校が優勝したのは、神奈川県大会で、関東大会はこれからです。
 ただし、昨年秋の関東大会で優勝していることもあり、優勝候補であることは確かです。その時に決勝で対戦したのが、やはり横浜創学館だったという因縁があります。
 横浜創学館(昔の横浜商工)は、西武ライオンズの秋山翔吾選手を出すなど、硬式野球で強豪校として知られていますが、そのため軟式の方は部員が少なく、影山航志朗投手が1人で投げぬくということになったようです。公式と違って、軟式は投げる試合が少ないとはいうものの、おっしゃる通り、影山君のこれからのことを考えると、新1年生の中から、彼の代わりにマウンドに立てるような選手が出てくることが望まれます。
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