椎名誠『風景は記憶の順にできていく』

7月21日(日)晴れ

 『小説すばる』2012年1月号~2013年1月号に掲載された「風景進化論」を加筆・修正したもの、集英社新書ノンフィクションの1冊。椎名さんがその生涯の中で記憶に刻んできた風景を改めて探訪し、その変貌を記録したエッセイ集である。「風景が消えないうちに、風景の多くの断片が衰えないうちに、それを大急ぎで回収するような気持ちでランダムに歩いてみた」(11ページ)記録である。生まれ育った場所、働いていた場所、旅行先などいろいろな場所が取り上げられている。身の上が安定せずにうろうろしていた頃のことはよく思い出すというのは思い当たるふしがある。それに比べると旅行先の想い出は気まぐれである。出版社の予算の関係であろうが、探訪先は国内に限られている。それでも時々海外の記憶がよみがえってくることがある。

 大事にしたい現在があればある程、過去を思い出すことには慎重になる。過去の友人や知り合いのすべてと連絡が取れているわけではないし、思い出は誰にとっても懐かしいものであるとは限らない。それで、書き出しの古い友人の住まいであった浦安が、抒情的で散文詩のような書かれ方をしている一方、最後に出てくる新宿がいつもの椎名さん独特の語り口になっているのも頷けるところである。作家には作家の配慮がある。

 椎名さんとはそれほど年齢が違わないので時間的な記憶は重なる部分が多いのだが、行動半径が大きく違うために空間的には重ならないところが多い。また、浦安に話を戻すが、この町は山本周五郎の「青べか物語」の舞台になっており、川島雄三によるこの小説の映画化には、今ではもう失われてしまった漁師町の風物がとらえられているのだが、椎名さんはこの映画を見ていないようで、もっぱら小説と、浦安を訪問して青べかに乗っていた自分の経験だけを語っている。それはそれでうらやましいことである。(山本周五郎が取材のために船宿「吉野屋」を訪問した際の写真についてさりげなく語っているが、周五郎は写真嫌いで通っていたので、貴重な情報である。)

 取り上げられているのは関東、四国、そして沖縄で、その他の地方の風景やその変貌が描かれていないのは、経験がそれほど濃密ではないということであろうか、あるいはまたの機会の愉しみということであろうか。新橋のガード下の2館の映画館は新橋名画座と新橋ロマンというのだが、なぜか名前を出していない。この映画館については4月24日付の当ブログ「映画ノートについて」で言及しているので、読んでいただければ幸いである。

 失われた風景もあるし、世を去ってしまった友人もいる。このエッセイ集が椎名さんの軌跡のすべてをたどるものでもないことも確かである。それでも、これまで読んだ椎名さんの本とその語り口を思い出し、自分自身の体験を重ね合わせたりしながら読んでいくと、気づくことが少なくない。郷愁に浸る椎名さんも悪くはないが、この作家には常に挑戦し続けてほしいと思うのは私だけであろうか。
 
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