コナン・ドイル「クルンバーの謎」

7月20日(土)晴れ

 コナン・ドイルはシャーロック・ホームズの作者として知られているが、その他に『失われた世界』を初めとするSF小説、スポーツ小説、怪奇小説、歴史小説など多くのジャンルにわたって作品を残しており、そのかなりの部分が日本語に翻訳されている。

 彼が1888年に書いた「クルンバーの謎」(The Mystery of Clomber)は怪奇小説に属する作品であるが、この作品を収録したドイルの短編集『クルンバーの謎』(創元推理文庫、2007)の解説で北原尚彦さんが書かれているように、ウィルキー・コリンズの『月長石』の影響を強く受け、その一方で彼自身が1890年に発表する『四人の署名』の内容につながるものをもっていることで、ホームズの読者にとっても一読の価値のある作品ではないかと思う。

 くわえて、北原さんによると「本国で1888年に発表された『クルンバーの謎』の我が国への初紹介は、割合に早い。明治32年(1899年)から翌年にかけて『東京朝日新聞』に連載された『残月塔秘事』である。訳者は抱一庵主人(原抱一庵)。しかしこの翻訳(というか翻案)はとんでもない代物で、『クルンバーの謎』に当たるのは前半のみ。後半はなんと、『四人の署名』になってしまうのだ。モーダントにあたる毛禮(モーレー)がホームズ、フォザギル・ウェストがワトスンの役目を果たしてしまうのだから、驚きである」(331ページ)という。

 「クルンバーの謎」はスコットランドの大学の学生であるフォザギル・ウェストが遭遇した事件を関係者の証言をもとに再現するという形をとっており、このスタイルは『月長石』や『白衣の女』などコリンズの作品と共通するものである。その一方で物語の大部分がフォザギル・ウェストによって語られており、その点ではホームズにおけるワトスンの語りに近づいているようにも思われる。

 ウェストはサンスクリット学者である父親、妹と3人で細々と暮らしていたが、裕福な親戚の計らいでその留守中にアイリッシュ海に面したスコットランドの南西部ウィグタンシャーの地主の代理をすることになる。ある日、この土地にあるクルンバー館という広大だが長い間無人のまま放置されていた屋敷に新しい住人が住むことになる。新しい住人はヘザーストーン将軍というインドで勲功を立てた軍人で大金持ちらしいが、何かを恐れており、地元の人々とほとんどづき合おうとしない。しかしウェストは、将軍の息子のモーダント、その妹ゲブリエルと知り合うようになり、彼の妹のエスターを含めた4人で将軍の目を盗んでは逢うようになった。

 ある、嵐の日、この海岸の沖合で難破した船に3人のインド人の仏僧が乗っていたことから事態は大きく動き出すことになる。彼らは何かの意図をもって英国にやって来たらしいのである・・・。

 インドで起きた事件が、英国に凶事をもたらすという物語の大枠は『月長石』、この作品、『四つの署名』に共通する。北原さんは「事件の裏に謎のインド人が見え隠れするなど・・『月長石』と類似することがある。・・・『四人の署名』も、インドの宝石をめぐる物語であるところが『月長石』に通じており、ドイルがコリンズから影響を受けていることは間違いなかろう」(329ページ)と指摘されている。その中で「クルンバーの謎」の特徴となっているのは、ひどく神秘的で奇怪な物語の設定がされていることである。他の2作品もオリエンタリズムや奇怪な見せかけは共通しているが、事件そのものは合理的に解釈できるものであり、事件の解決も人間の経験の枠内で得られる経験知によってなされる。これに対して「クルンバーの謎」の事件は、最後まで神秘的な謎に終わる。他にも、謎に満ちた事件の進行の中でロマンスが進行するというようなところが3作品に共通していることを指摘しておこう。

 その一方でドイルの東洋についての知識にさまざまな瑕疵が見出されることも否定できず、むしろ間違った点を指摘することが読書の楽しみになるようなところがある。「達磨大師の教えを英訳し、釈迦牟尼生誕以前における婆羅門教を位置づける序説を附して発表する」(225ページ)という発言や、19世紀のインドから仏僧が英国にやってくるという設定など、ドイルの東洋についての知識の限界を示すものではないか。それに西側の人々がどのように考えようと、東洋は彼らの想定を超えた多様性をもつ世界であったのである。
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