ウィルキー・コリンズ『月長石』(4)

7月15日(月)晴れ、依然として暑し

 フランクリンはもともと明るく悪戯好きな少年だったが、父親の意向で英国で学校教育を受けず、ドイツの学校に送られた。その後、大陸を遍歴し、いろいろな方面に関心を示したが、その一方であちこちで借金を重ねた。家柄も人柄もよいので多くの人々から愛されたが、トラブルも抱えて25歳になって帰国してきた。

 フランクリンの到着に先立って、ヴェリンダー家の屋敷の近くを3人の怪しげなインド人たちがうろつく。彼らが立ち去った後ベタレッジは、下働きの女中であるロザンナが浜辺をうろうろ歩きまわって、食事の時間になってもやってこないという苦情を受けて、彼女を探しに出かける。ロザンナはもともと受刑者で矯正施設に入っていたのをヴェリンダー夫人が雇い入れたのである。ベタレッジがロザンナを見つけて話していると、突然フランクリンがやってくる。

 フランクリンは3人のインド人たちにあとをつけられているのではないかと語る。彼が予定よりも早く到着したのは、彼らを撒くためであったというが、既にその足跡は知られている。フランクリンは尾行されている理由は、ハーンカスル大佐が遺言でレイチェルの誕生祝いとして贈られるダイヤモンドのためではないかという。ベタレッジが大佐が一族から嫌われていたことを思い出させようとするが、フランクリンは取り合わない。

 ハーンカスル大佐にはインドでの行状、特にダイヤモンドを手に入れた経緯をめぐる悪いうわさがあって一族からのけものにされてきた。しかし困窮の中にあっても、月長石と呼ばれるこのダイヤモンドを手放すことはなかった。このダイヤモンドを見ると命を失いかねないという噂がある一方で、大佐は一族と和解し姪であるレイチェルの誕生祝いにこのダイヤモンドを送ろうと企ててきた。

 1847年の末頃だろうか、ヴェリンダー夫人のもとにある牧師から大佐が臨終に際して夫人を赦し、他のすべての人々を赦して立派な臨終を遂げたという知らせが届く。このことについて、「悪魔は依然大手を振ってジョン大佐にとりついていて、あのいまわしい男の最後のいまわしい行ないが、・・・牧師様をたぶらかしたのだと固く信じている」(57ページ)。

 フランクリンはベタレッジの話を聴いて、自分が持ち込んだダイヤモンドには3つの疑問があるという。「疑問の第一――大佐のダイヤモンドは、インドで何かの陰謀の対象であったのか。疑問の第二――その陰謀は、大佐のダイヤモンドと一緒にイギリスまでついてきたのか。疑問の第三――大佐はダイヤモンドにまつわるその陰謀のことを知っていたのか。そして、何も知らないレイチェルを通じて、妹に厄介で危険な遺贈をわざと残していったのか」(58ページ)。中村能三は「疑惑」と訳しているが、原文ではquestionで、前後の文脈からすると「疑問」の方がわかりやすい。フランクリンは理路整然と自分の疑問を示すのだが、この議論を超えたところで事件が起きてしまう。

 ある事情でフランクリンの父は大佐の遺言執行人となっていたが、ダイヤモンドは父の顧問弁護士の手で銀行の金庫に預けられていた。大佐の死後、ダイヤモンドが鑑定されてみると2万ポンド以上の価値がある(宝石をいくつかに切り分けるとさらに値打ちが増す)ことが分かり、遺言どおりにレイチェルに宝石を渡すことがフランクリンに託されたのだが、そこで大佐の意図がどこにあるのかがわからず、宝石の扱いに困っているとフランクリンは言う。結局、誕生日の日にフランクリンからレイチェルに直接渡すことにして、宝石はしばらく地元の銀行の金庫に預け、様子を見ることになる。

 フランクリンは海外で暮らし、一族の他の人々とは連絡が密でなかったために伯父である大佐に偏見をもっていない代わりに、警戒心も希薄である。善良で、ある程度明晰な頭脳の持ち主ではあるが、軽率なところがある。それでもベタレッジを相談相手として大事にしているのは自分の欠点に気づいている証拠かもしれないが、ベタレッジも相談相手としては不足なところがある。フランクリンの父親も英国の小説によく出てくる訴訟好きの金もちで、今ひとつ信頼感にかける。宝石を取り戻そうとするインド人たちの努力を陰謀(conspiracy)と表現するのは異文化の理解が不十分であることを示すが、フランクリンやベタレッジがそのまま作者の異文化についての見方を代表する人物ではないこともいずれわかるはずである。慎重に行動しているつもりで、どこかに隙がある。そういう事件の前の人間模様がよくとらえられている。
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