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故旧忘れ得べき

12月30日(日)晴れ、昨日同様、雲は多いが一応晴れている。三ツ沢グランドの陸橋付近から、雲を被った富士山を見ることができた。

 12月28日に聴いたNHKラジオの『高校生からはじめる「現代英語」』では、”Songs of the Season”の第2弾として、前日放送した”The Water Is Wide"(水辺は広く)と同じくスコットランドの歌である”Auld Lang Syne"(懐かしい昔)を番組パートナーであるハンナ・グレースさんの歌唱で聴いた。
 この歌は40を超える言語に翻訳され、日本では(もともとの歌詞とは関係なく)「蛍の光」として歌われる。現在伝わる歌詞の原形は、スコットランドの国民的な詩人であるロバート・バーンズ(Robert Burns, 1759 - 96)が1788年にまとめたもので、古いノスタルジックな民謡のメロディーで歌われる。
 バーンズは「スコットランド語」で歌詞を書いたが、現在は一般的な英語に置き換えられていると解説されていたが、スコットランドでは、スコットランド英語もしくは英語のスコットランド方言のほかに、スコットランド・ゲール語(Scottish Gaelic)も話されているので、「スコットランド英語」という方が誤解を招かないだろう。

 日本では「蛍の光」というと「別れ」のイメージが強く、紅白歌合戦の締めくくりとして行く年を送る歌として歌われるが、英語圏では、新年を迎える歌として歌われるそうである。ニューヨークでは大晦日のカウントダウンの際に、the ball dropと言って、ビルの上に設置した巨大なボールを国旗のように降ろしていく毎年恒例の行事がある。ボールが落ちて、新年を迎えた瞬間にこの歌を一斉に合唱するのだという。〔新年を迎えて”Auld Lang Syne"を歌うというと、私はポール・ギャリコの小説の映画化『ポセイドン・アドベンチャー』を思い出す。そのくせ、映画の細部は忘れてしまっていて、歌を歌っている最中にカタストロフィが起きたのか、歌い終えてから起きたのかさえ、思い出せない。〕

 ほかにも『遠山顕の英会話楽習』の12月25日放送の回で紹介していたが、カウントダウンから、次のような流れになる(新年を迎えてすぐに歌うのではなくて、その前に「新年おめでとう!」を言う):
Three, two, one.
Happy new year!

Should auld acquaintance be forgot,
and never broght to mind?
Should auld acquaintnce be forgot,
and (days of) auld lang syne?

◆CHORUS
For auld lang syne, my dear,
for auld lang syne,
We'll take a cup of kindness yet,
for (the sake of) auld lang syne.

(古い友だちは 忘れられるべきか、
そしてもう決して心へ運ばれずに?
古い友だちは 忘れられるべきか
むかしの日々も?
◆コーラス
(懐かしい)昔のために 君
昔のために
飲もう 友の一杯を今 
昔のよしみで)

 どこかのパブで、子ども時代の友だちに再会した主人公が、昔を懐かしみ「友情」に乾杯するというのが歌の趣旨である。syneは普通「ザイン」と発音されているが、もともとのスコットランドの発音では「サイン」だそうである。

 ところで、この歌の最初の行を目にしたときに、私は高見順(1907‐65)の小説『故旧忘れ得べき』を思い出した。この小説の最後の場面で、登場人物たちが「故旧忘れ得べき⇒蛍の光」を歌うのである。
 時は昭和10年(1935)ごろ。昭和の初めに左翼運動に参加して弾圧を受け、転向した、あるいはさせられた元学生たちは、惨憺たる日々を過ごした挙句、少しばかり落ち着いた生活を送るようになる。そんな時に、むかしの仲間の一人が自殺したという知らせが届く。むかしの仲間たちが集まって、ささやかな偲ぶ会を開く。その席上、一人が「故旧忘れ得べき」を歌おうと言い出す。そんな歌は知らないぞ…「蛍の光」か…ということで、なぜ、この歌を歌うのか、わからぬまま一同はこの歌を歌う…。「歌うというより口を開けて胸のモダモダを吐き出すような侘しいヤケな歌声であった。」
 転向小説の代表作とされる作品の一つで、第1回の芥川賞候補に挙げられている(受賞したのは石川達三の「蒼茫」である)。

 この”Auld Lang Syne"という歌が使われている文学作品でもう一つ印象に残っているのが、スコットランド出身の作家ミュリエル・スパーク(Muriel Spark, 1918 - 2006) のLoitering with Intent である。ブッカー賞の候補にも挙げられた彼女の代表作の一つであるが、この表題は翻訳しにくい。河出書房新社から出ている木村政則さんによる翻訳は『あなたの自伝、お書きします』になっている(実は翻訳の方は読んでいない)。
 語り手でもあるヒロインは作家志望で、自伝協会(the Autobiographical Association)という団体の事務員に雇われる。ここの関係者には自分が書いている小説の参考になりそうな人物が何人もいるので、彼女はひそかにそのことを喜ぶ。ところが、協会のメンバーの言動が彼女の小説の内容通りになってきただけでなく、彼女の原稿が紛失してしまった…という話であるが、ヒロインの友人の一人がなにかというと”Auld Lang Syne"を歌うという設定になっていた。で、これも小説の最後の方で、パリに住んでいる語り手の住処まで押しかけてきて、夜中にこの歌を歌う…。

 この2つの小説の展開から読み取れることは、”Auld Lang Syne"という歌は<友情>の光と影とを歌いこんだ歌だということである。<友情>というのは、讃えるべきものであるだけでなく、暗いもの、否定的な側面も含んでいるということである。そして、そういう否定的な側面を含んだうえで、むかしからの友情を懐かしむ歌だということである。
 だから、この歌は行く年を送る歌としても、くる年を歓迎する歌としても理解し、歌うことができる。新しい年と仲良くしたいと思うのは当然のことだが、警戒の念を怠ってはならないというのも付け加えるべきだと思うのである。
 


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