ウィルキー・コリンズ『月長石』(3)

7月6日(土)晴れ

 『月長石』について書いた第1回が6月3日、第2回が6月12日のことであるから、大分間があいてしまったことになる。ただし、この名前をもつダイヤモンドをめぐって事件が展開するのはこれからのことであるから、前2回を読んでいなくても物語の概要はつかめるはずである。

 第1期(First Period)「ダイヤモンドの紛失(1848年)」を構成するのはジュリア・ヴェリンダー夫人の執事であるガブリエル・ベタレッジの手記である。

 1799年にインドで起きたセリンガパタム襲撃事件でジョン・ハーンカスルはサルタンの財宝である月長石とよばれるダイヤモンドを略奪し、英国に持ち帰っていた。この事件とその他の悪行のために彼は親族とは絶縁状態になっていた。

 ハーンカスルには兄と3人の妹がいた。アデレイド、カロライン、ジュリアという3人はその美しさのために社交界では有名な存在であった。(創元推理文庫の中村能三の訳は原文のthe fashionable worldを「上流階級」と訳しているが、社交界の方が適切ではないかと思う。ただし、詳しいことはあいまいにされているとはいうもののハーンカスル家が上流に属することは前後の文脈から明らかである。) アデレイドは莫大な資産家であり、公爵の地位をめぐる訴訟で世間を騒がせたブレークと結婚し、フランクリンという息子をもうけた。カロラインは一度恋愛に失敗した後に、身分違いの恋をして、周囲の反対を押し切り銀行家のエーブルホワイトと結婚し、多くの子どもをもうけた。この物語の主要登場人物となるゴドフリーはその次男である。ジュリアはジョン・ヴェリンダーと結婚し、レイチェルという一人娘をもうけた。(ヴェリンダーはSirという称号で呼ばれているので、准男爵(baronet)のはずである。)

 ベタレッジはもともとハーンカスル家の令嬢たちの召使であったのが、ジュリアがヴェリンダー家に嫁いだ時にそのまま奉公先を変えてついてきたのである。そしてジュリアの配慮で土地差配人(bailiff)の助手の仕事を与えられ、次第にその地位を上げて土地差配人になる。年をとったためにまたもやジュリアの配慮で執事として邸内の仕事を取り仕切ることになった。彼は妻に先立たれて娘のペネロープと暮らしており、彼女はレイチェルの小間使いをしている。ベタレッジの手記はペネロープの日記をよりどころとして書かれている。本文にも出てくるが、それならばペネロープが事件の概要を記せばよいのだが、彼女には彼女の事情がある(らしい)。

 ベタレッジは『ロビンソン・クルーソー』を人生の指南書として愛読する人物で、彼の物の見方には癖がある。もっとも誰のものの見方にもそれなりの癖や首尾の不一貫性があるのは否定できないことで、ベタレッジ自身もレイチェルの性格の長所と欠点について述べながら、自分の見解の矛盾について居直った言い方をしていることに注目しておこう。

 1848年5月25日にフランクリンがヨークシャーの海岸にあるヴェリンダー家の屋敷を訪問することから物語は動き出す。(つづく)
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