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坂口安吾『不連続殺人事件』

9月14日(金)雨が降ったりやんだり

 9月3日、坂口安吾『不連続殺人事件』(新潮文庫)を読み終える。太宰治、織田作之助、石川淳らとともに<無頼派><新戯作派>などと呼ばれて戦後の文学界に光芒を放った安吾(1906‐55)は多彩な文筆活動を展開したが、探偵(推理)小説愛好家でもあった。その仲間の一人であった大井広介(廣介と書くのが正しい。本名=麻生賀一郎、麻生太郎の父親である多賀吉の従弟で、文芸評論家、野球評論家として活躍した。1912-76)によると、戦争中、大井の家に、安吾、平野謙、荒正人、檀一雄、埴谷雄高らが集まって、犯人当てゲームに興じたのだが、安吾は全くあてることができなかった(1回だけあてることができただけだった)という。

 その安吾が戦後、自分で探偵小説を書いた。それが『不連続殺人事件』で、雑誌連載中に自分で懸賞金を出して、読者に犯人当ての挑発をしているのはすでに書いたとおりである(当ブログ「日記抄(9月3日~9日)」)。その結果、7人が犯人を当てた。安吾によると「完全正解」が1人、「正解」が3人、「正解に近し」が1人、「部分的正解」が3人ということで、合計3万円の賞金ということになっている。「部分的正解」とされた1人が、大井広介で、その推理の方法について安吾は酷評して「犯人の名が当たったという以外にとりえのあるものではなかった」(362ページ)と切り捨てているが、大井の方では安吾が「私が犯人の名前をあげると、ペシャンコに」なったと書いていて、真相は藪の中ということらしい。

 「昭和22年6月の終りであった。私は歌川一馬の呼び出しをうけて日本橋のツボ平という小料理屋で落ちあった。」(11ページ) 語り手である作家の矢代寸兵が語り始める。一馬は詩人である。用件というのは一馬の家で一夏暮らしてほしいというものである。一馬の父親の多門は地方の素封家で、酒造業を営む一方で政治家でもあったが、戦後の公職追放にあって地元の邸で暮らしている。その家は、汽車を降りて、山路を6里ほどバスに乗り、バスを降りてからも1里近く歩かなければならないという不便窮まる山中にある。それで、語り手をはじめとする文士仲間数名が、戦時中その家に疎開していた。

 多門は最初の妻との間に一馬を、その死後に梶子という女性と結婚して珠緒という女子を儲けたが、梶子は昭和21年に死亡した。彼女は喘息もちで、そのその死をめぐってはいろいろと噂がくすぶっている。珠緒などは、一馬に面と向かって彼女の母親を殺したのは一馬だろうというほどである。その珠緒が、疎開仲間であった作家の望月王仁、同じく作家の丹後弓彦、詩人の内海明を呼び寄せ、一夏滞在させようとしているという。彼女は性的に奔放な女性で、何かたくらみがあるらしい。三人の滞在客はそれぞれ仲が悪く、衝突が絶えないのでやりきれない。いっそのこと、戦争中に歌川邸に疎開していた仲間を全員集めてはどうかということになったというのである。

 その結果、フランス文学者の三宅木兵衛、その夫人で作家の宇津木秋子、劇作家の人見小六、その妻で女優の明石胡蝶も歌川邸訪問を受諾したという。秋子はもともとは一馬の妻であり、木兵衛よりも王仁と交渉が深かったが、王仁も多情で珠緒とも関係があり、村の娘に言い寄ったりもしていた。一馬は秋子と別れ、彼にひそかに思いを寄せていた胡蝶が小六とともに東京に去った後、綾香という女性に出会って結婚していた。彼女は土居光一という俗っぽい画家と同棲していたが、貧乏が何よりも嫌いな彼女は一馬のもとに走った。その際、矢代が中に入って、15万円という「ミウケ」金を払うことで事は決着した。土居は、彼女は自分が忘れられずにまた戻ってくるだろうと豪語していたが、今のところ、一馬とあやかとは別れそうな気配はない。とはいえ、このようなドロドロした人間関係の中に巻き込まれるのはごめんだと矢代は思う。

 しかも「私」=矢代には、歌川邸に出かけたくないもう一つの理由がある。多門には京子という妾がいたが、彼女は戦争中多門の家に疎開していた矢代と駆け落ちして、その妻になっている。このため矢代は多門の怒りを買ってしまったのである。しかし、梶子夫人が死に、その後、多門は下枝という村の娘に目をつけて、無理矢理に自分の小間使いにしたので、だいぶ機嫌が直ったという話である。それでも、矢代にとって歌川邸の敷居は高い。

 一馬がどうしても、矢代に来てほしいと頼む理由は、次のような封書を受け取ったことだという。
 お梶様は誰に殺されたか。
 すべては一周忌に終るであろう。
 憎しみも呪いも悲しみも怒りも。
 差出人が誰かはもちろんわからないが、どうも一馬が梶子殺しの犯人であると言っているように受け取れる。梶子は前年の8月9日に死んだのである。だから8月9日までに決着がつくといっている。
 生前、梶子は自分の面倒を見させるために遠縁の海老塚という青年に医者の修業をさせ、医院を開かせた。山中の無医村での開業であるから、全科に通じていたほうがいいのだが、お梶が自分のために呼ぶ医者だといって、強制的に呼び寄せた。このため、医者は梶子を恨み、梶子との仲は険悪だったが、梶子のほうでは海老塚に逃げられると困るので不満もあるがこらえていたようである。そこに流れてきた諸井琴路という看護婦がいて、京子が出奔した後、どうも多門と交情があったようである。諸井は歌川家の一室を借りて昼間だけ、海老塚医院に通う。多門のこともあるが、梶子が死んでも、この家にはまだ2組の病人がいる。
 歌川多門には由良という妹がいて、南雲一松という人物に嫁いでいるが、この老人が義兄である多門のもとに疎開した後に中風で寝付いてしまった。市松・由良夫妻には一男四女がいたが、その中で末の千草という女性だけが未婚で、両親のもとにいる。この千草が不美人で、美人の珠緒と仲が悪い。
 さらに使用人の孫ということになっているが、実は多門が女中をしていた使用人の娘に産ませた加代子という女性がいて、美しいが、胸を病んでいる。その加代子がこともあろうに、異母兄である一馬を恋い慕って、一緒に死のうとまで言っている。そこで、彼女は京子と仲が良かったので、何とかその気持ちを鎮めるために、京子ともども来てほしいというのが一馬の頼みである。
 矢代は自分の一存で決めることはできないと、その場を収め、帰宅してから京子の意向を聞いたが、京子はもちろん、歌川邸に出かけたくはない。加代子のことは加代子の問題で自分の出る幕ではないと突き放す。それで、一馬は三宅木兵衛・宇津木秋子、人見小六・明石胡蝶の2組の夫婦とともに山中の家に帰っていった。

 1~28という部分からなる小説の最初の部分「1 俗悪千万な人間関係」の紹介をやっと終わった。誰もが認めることであるが、登場人物の数が多く、文庫版に掲載されている登場人物一覧表に出てくるだけで33人いる。(このほかの登場人物もいる)。しかもその関係が入り組んでおり、作者自身が断っているように、ろくな人間が出てこない。誰が犯人でだれが被害者でもいいような感じである。尾崎士郎ではないが、語り手が犯人というのもありそうな感じである。
 ろくな人間が出てこないと書いたが、安吾が自分の周辺にいる人間を観察して登場人物を造形していることも確かで、彼の周辺にいた人は、苦笑したり、怒ったりすることもあったのではないか。彼の周辺で探偵小説の犯人当てゲームをしていた文学関係者は、安吾と同様に無頼派と呼ばれた人々(太宰治、檀一雄)と、戦中に同人雑誌『現代文学』に結集し、戦後は同人雑誌『近代文学』の中心となった人物(平野謙、荒正人、埴谷雄高)で構成されていることが注目される。その中で、大井広介は戦後は、『近代文学』から距離を置いて、自由人を標榜して文筆活動を続けたのは、マルクス主義と近代主義とを両立させよう(広い意味ではマルクス主義も近代主義の一流である)とする『近代文学』の主張になじめなかったからではないかと思う。それで大井はゴシップ的手法による社会批判を行ったといわれる。私などは、大井の存命中はまだ若かったので、彼が文芸批評で大きな存在であったことを知らず、野球評論家だと思っていた。
 それはそうと、主義主張もさることながら、趣味の共通性というのが人間の結合原理として有効に働くことを、この小説の成立背景は物語っているように思われる。
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