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阿藤玲『お節介な放課後 御出学園帰宅部の献身』

9月8日(土)晴れ、気温上昇、その一方で風が強い。

 「日記抄(8月27日~9月2日)」の8月31日の項で、この本:阿藤玲『お節介な放課後 御出学園帰宅部の献身』(創元推理文庫)を読んだことについて触れた。推理小説としての出来栄えよりも、この本の中で触れられていた(おそらくは高校生くらいの時期に出会う、あるいは気づくであろう)問題の方に関心がわいたことについても書きとめておいた。
 その後、9月3日に坂口安吾『不連続殺人事件」(新潮文庫)、9月5日に円居挽『京都なぞとき四季報 古書と誤解と銀河鉄道』(角川文庫)を読んだ。推理小説としての面白さを優先させるならば、やはり『不連続殺人事件』を取り上げるべきであるし、私の母校である京都大学とその周辺の出来事を描く『京都なぞとき四季報』も捨てがたい魅力を持っているが、『お節介な放課後』の方を優先することにした。

 地方の小都市に存在する私立高校:御出学園には帰宅部が正式なクラブ活動として認められている。「授業が終われば速やかに帰宅し、成績は平均以上を取り、通学区域で何らかの社会奉仕活動をする」というのが、このクラブに参加するための条件である。顧問の先生もいるし、部員はそれぞれの通学経路や手段に応じて班に分けられている。その帰宅部の御出線B班に属する7人は、身辺で起きた不思議な出来事のなぞときに関わって、「お節介な放課後」を過ごすことが少なくない。メンバーが2年生に進級しても、この事情は変わらないようである(この作品はシリーズ2作目である)。

 帰宅部員であるが、学校の敷地のすぐ隣に家があるため、通学区域で社会奉仕活動をすることが難しいという相川タツヤ(御出線B班のメンバーではない)のために奉仕活動を見つけるが、そこからまた別の事件にぶつかってしまう…(「自宅部の彼」)。
 バレンタインデーの甘くない(本当に甘くない…ということは?)チョコレートに振り回される…(「さかさまバレンタイン」)。
 B班のメンバーの一人で美青年として女子の人気を集めている仁藤聖が年上美人とデートしていたという噂が広がる…(「瑠璃色の手紙」、これはメンバーが1年生の時の出来事=回想として描かれている)。
 学園内と商店街の七夕祭りで竹につける短冊をめぐって騒動が起き、自称”かもしれない名探偵”が登場する…(「マイナス十度の七夕」)。
 以上4つのエピソードが、メンバーの一人である佐々木幸弘の目を通して描かれ、それとは別に外部からの観察である「相川タツヤの備忘録」①~⑤が補足的に加えられている。前作が7人のメンバーの銘々伝的な意味あいがあったのに対し、今回は、異質な存在の介入によってメンバーの結束がかえって強まるという過程を描いているようでもある。

 さて、仁藤聖は小学校4年の時に母親が急死し、父親とは別れて叔父・叔母の家で暮らしている(同じ年の従姉妹である晶と一緒である)。小説家でもある叔父の発案で、私書箱を借りて、死んだはずの母親にそれぞれが、思い立った時に手紙を書いて送ってきた。ただの自己満足なのだけれども、それに気づかないふりをしてきた。ところが、それが明るみに出る出来事が起きる。そのことでショックを受けて、あちこちさまよった仁藤は、電車の中で遭った佐々木に「電車って、同じ方向を向いて走るよね。時間に似てると思わない」(199ページ)という。

「時間はだれにでも同じ速さで流れてはいないと思う。ほら、大人になったら時間がたつのが速いと感じるのは、経験を重ねたからだっていうけど、実は本当に速く流れているんだ。子供の頃は歩く速さで進んでいた時間が、中学生になって自転車に、高校生で各駅停車になる。そして大学生になると特急列車、大人になると・・・・・」
「うん、大人とか子供とかいう分類じゃいけないね。人それぞれに流れる時間の速さがある。子供の頃は、学校に通って集団で生活してるから、みんなの時間の速さが似ている。だけど大人になると、仕事や家庭なんかの関係で、時間の速さは人によって大きく違ってくる。個々人の事情は千差万別で、時間の速さも色々になるんだ」
「人の数だけ時間の流れがあるってことか」
「もしかしたら自分の速さに合った時間に乗り替えているのかも」
 ああ、それならわかる。どんなに急いでも乗っている電車の速さを追い越すことはできない。そんなもどかしさを、違う時間の流れにいる人にはわかってもらえないのだ。
「きっと数年後には、この手紙のことも、今日のことも笑い話になるだろうに。ちょっとついてない日だった、あのころこんなことで悩んでいたなんて、それだけのことなのに」
 何年かしたら取るに足らない思い出になる今日が、今はどうしようもなく重い。
「僕は遠ざかりたくて、佐々木君は近づきたいんだね」
 でも俺たちが乗っているのは同じ速さの電車だ。(199‐200ページ)

 引用が長くなってしまったが、時計で測るのとは別の時間の性格がここでは取り上げられている。学校で同じように時間を過ごしていると見えて、じつは一人一人の生徒の時間の流れ方は違うのではないか…など、作者の意見にかならずしも同意できない部分はあるのだが、「日常の謎」という「小さな」裂け目が、「時間論」という大きな落とし穴を隠しているような箇所で、大いに考えさせられた。

 仁藤聖の父親はスポーツマンで、仁藤聖も運動の能力が低いわけではない。だから、父親は自分と同じようにスポーツに励む息子を期待していたのに、息子は帰宅部に入る(とにかく女子にもてるので、うっかり部活動もできないという事情からの配慮があるのである)。父親(あるいは母親)の趣味を息子(あるいは娘)が継承する例もあるだろうが、そうならない例も多い。
 「離れて暮らしていると、相手の生活時間がわからない。ただでさえ父と息子の間に流れる時間は速さが違う。」(218ページ)
 一緒に暮らしていても、目が行き届かないことはあるだろう。あるいは、時間の過ごし方の変化を見落としたり、見ようとしていない場合もあるのではないかと思う。

 御出町と御出学園は、「日常の謎」を扱うミステリーにふさわしいどこにでもありそうな地方都市、学校に設定されているようでいて、(「帰宅部」の存在そのものが示すように)どこか非日常的な要素が紛れ込んでいるのはだれでも気づくことである。しかし、この第2作では、その非日常的な出来事の展開が、例えば時間とは何かというような問いを通じて、また日常の方に接近しているように感じられる。どちらかに安住せずに、行ったり来たりを繰り返す展開が、いかにも若者らしいともいえるし、その不安定な魅力はシリーズが続く限り、保ち続けてほしいものである。  
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