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トマス・モア『ユートピア』(17)

9月5日(水)晴れ、まだ風は強い。
 台風21号の風雨で被災された方々に心からのお見舞いを申し上げます。

 1515年に国王により派遣された外交使節団の一員としてフランドルを訪れたイングランドの法律家トマス・モアは、会議の中断中にアントワープでピーター・ヒレスという人物に出会い、親交を結ぶ。そのピーターからモアは、ラファエル・ヒュトロダエウスという世界中を旅してきた人物を紹介される。3人は、この時代のイングランドとヨーロッパが経験していた戦争や社会問題と、その解決について語り合ったが、ラファエルは、彼が新大陸で訪問したユートピアという国の制度には大いに学ぶべき点があるという。
 ユートピアの人々は私有財産というものをもたず、みんなが働いているので、労働時間は短くて済み、人々は争いもなく楽しく暮らしているという。彼らには何年か一度は農村で働く義務があるが、それ以外に何かの職業を身につけることを求められる。農業が好きなものは、それを一生の職業としてもよい。住まいはくじ引きで交換され、役人は適任者の中から選挙でえらばれる。重大な問題の決定は、全島会議に諮られるなど、政治的な意思決定は民主的に行われている。もし人口が過剰になれば海外への植民も行われるが、本島の人口が減ると、植民地を引き上げて戻ってくる場合もある。

 ユートピアでは病院に入院している人々と、一部の例外を除き、みなが共同でホールに集まって食事をする。例外というのは「都市頭領、司祭長、部族長頭領、それに外交使節とすべての外国人〔少ないし、めったにしかいませんが、とにかくいれば〕には特別の考慮が払われます。あそこにいる外国人には、彼らのために指定された調度つきの家が提供されます。」(146ページ)
 このように語っているラファエルは、ユートピアにおいては外国人であるから、共同の食事に参加していたのかどうか疑問に思われるところである。むかし「ソ連」が存続していたころに、ある日本人が書きとめたこんな話がある。旧ソ連でも外国人は特定の場所に居住区間を設定されていたのだが、そこには警官が派遣されている。ある時、この外国人居住地区に泥棒が入ったので、担当の警官に、泥棒をなぜ捕まえないのかといったところ、自分たちの役割は外国人を見張ることで、泥棒を捕まえることではないと答えたという話があった。

 「このホールには昼食と夕食の定刻に、病院か自宅で食事をとっているものを除く全部集団が、ラッパの大きな響きを合図に集まります。」(同上) 食事を家にもって帰ることは禁じられていないが、だれもそうしようとはしない。「このホールでは、多少とも汚い、あるいは骨の折れる労働はすべて奴隷がします。しかし、食事を料理し準備し、そして食事全般のお膳立てをする務めは女だけがすることになっており、それは各世帯が交代で受け持ちます。」(147ページ)
 昼食と夕食というのはロビンソン訳ではdinner and supperであり、ターナー訳ではat lunch-time and supper-time,ローガンおよびアダムズの訳ではat the hours of lunch and supperとなっている。dinnerは一日の中心的な食事で、モアの時代には昼食が一日の中心的な食事であったから、ロビンソン訳はそれを反映している。ラッパというのは、ロビンソン訳ではa brazen trumpetとなっており、ロビンソン訳をもとに翻訳されている岩波文庫の平井訳では「真鍮の喇叭」とそのまま訳している(どうせなら、ラッパよりもトランペットのほうがよかったかもしれない)。ターナー訳はa bugleで、軍隊などの喇叭、角笛という意味だそうである。ローガン&アダムズ訳もa brazen trumpetであるから「真鍮の喇叭」というのが最も穏当な訳と言えよう。
 食事の準備も、給仕も女性の仕事であるということの理由は示されていない。男女の食事の席は別で、特に女性が妊娠中だったりして気分が悪くなった時にはすぐに手当てを受けられるように配慮されている。

 子どもたちは乳母といっしょに食事をする。澤田訳、平井訳ともに「乳母」という語を使っているが、ロビンソン訳をはじめ、ターナー訳、ローガン&アダムズ訳ともにnursesであって、これは(今は「保育士」という言葉に取って代わられたが)「保母」という方に近い語である。ふつうは入寺には生みの母親が授乳するが、何か事情があってそれができない場合には、部族長の妻たちが乳母を探すのだという。乳母たちの部屋には5歳以下の子どもたちが集められている。

 「結婚適齢に達しないすべての男女も含めた未成年者たちは、食卓に座っている人たちの給仕をするか、年が若くてそれができない場合にも食卓のそばに立っています。しかも絶対沈黙を守って立っています。彼らは、(給仕するかしないか)いずれにせよ、食卓についている人たちから渡されるものを食べるだけで、他に特定の食事時間というものはありません。」(148ページ) この個所を読んでいて、私は大相撲の力士たちの番付順に食事をして、下位の者は上位の者の給仕をするというしきたりを思い出した。
 食卓では年少者が年長者の態度を見習うことができるように、若いものは大人と混ざって座ることになっている一方で、食事は年長者から順番に配られるのである。こうして「年長者は彼らにふさわしい栄誉を受け、しかも彼らのもつ特典はみんなに分かたれます。」(149ページ) 

 ユートピア人たちの食事は、何か彼らの生活にとって有益な書物の朗読で始められる。この朗読は退屈しないように短いものである(よく、宴会の前に長い話をする人がいるが、本人は自分の豊かな経験と知識を披露しているつもりでも、気が利かないと悪口を言われるだけである)。年長者たちはこの朗読を手掛かりに会話の口火を切るが、彼らだけが話すのではなく、むしろそれをきっかけとしてより若い人々の話を引き出そうとしているのである。そしてこのような会話を通じて、若者ひとりひとりの気質や才能を知ろうとするのである。
 昼食に比べて夕食の方が長い時間をかけて行われるが、これは昼食後には働かなければならないのに対し、夕食後は休養・睡眠にあてられるため、より健康な消化に役立つと考えられるからである。彼らは食事中に音楽を聴いたり、食後にデザートを食べたりして、夕食を楽しもうとしている。無毒な快楽は排除すべきでないという考えからである。
 実際にモアは自分の家庭での食事の際に、古典的な書物の一節を朗読してから、食事をはじめたそうである。ここには彼の理想とする食事の仕方が描かれているといえよう。

 最後に、このようなホールでの食事は都市におけるもので、農村ではそれぞれの家庭で食事が営まれると語られている。

 昼食と夕食の話は出てくるのだが、朝食については触れられていないのは、この時代にまだ朝食をとるという習慣がなかったからであろうか、あるいは、前回に触れたユートピア人たちの時間についての考えのためであろうか、各種の翻訳テキストを読んでもこの点についての解説は見いだせなかった。
 この個所は、面白いが、乳母の制度とか、年少者の食事とか、詳しく見ていくと齟齬があるように思われる個所もあり、もう少し考えを練って書いてほしかったという気がしないでもない。
 

 
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