FC2ブログ

トマス・モア『ユートピア』(16)

8月29日(水)曇り

 1515年に、イングランド国王の派遣した外交使節団の一員としてフランドルに渡ったトマス・モア(物語の語り手である実在の人物)は、外交交渉の中断時に、アントワープに出かけ、その市民であるピーター・ヒレスの歓待を受ける(ピーターは実在の人物であり、2人がアントワープで親交を結んだのも歴史的な事実である)。ある日、ピーターは世界中を旅してきた賢人であるというラファエル・ヒュトロダエウスという人物をモアに紹介する(ここから先は作り話である)。ラファエルの経験と知識とに感心した2人は、彼にどこかの王侯に仕えて政治を助けてはどうかというが、戦争を起こすことと庶民から収奪することにしか関心のない王侯に仕えるのは真っ平だとラファエルは拒否する。社会問題を解決する手がかりとして、ラファエルは彼が訪問した新世界のユートピア島の驚くべき諸制度について語る。そこでは人々がみな働き、私有財産はなく、自分たちの指導者は自分で選ぶことになっている。働かない人がいないし、皆が自分で自分の職業を選ぶことができるので、労働の効率は良く、労働時間は少なくて済む。

 ラファエルは、職業生活に続いて、市民生活の決まりについて語る。澤田訳では「相互のつきあいについて」という見出しが掲げられているが、市民間の交際や人間関係だけでなく、物の分配方式というところまで踏み込んでの説明である。ターナー訳では"social arrangements" (社会的な取り決め)という言葉が使われていて、この方がわかりやすい。
 「都市(キウィタス)は多くの世帯(ファミリア)から成っており、世帯は大抵の場合、血縁関係で構成されています。」(142ページ) 世帯はターナー訳でもhouseholdとなっていて、このように訳すのが適切であろう。女性は結婚すると、配偶者の世帯に入るが、男性は自分の世帯の中に残り、世帯の最年長者の権威に従う。最年長者がこの世帯の指導者であるが、彼の老衰が激しい場合には、次の年長者がその地位につく。
 都市の人口の縮小や過度の膨張がないように、それぞれの都市の6,000世帯の構成は、成人10人~16人と定められている。若し全体の人数が規定数を越えれば、他の都市への移住によって調整される。〔ということは各都市の人口は6万~10万人ということで、現在のイングランドの都市に比べてもそれほど小さいとは言えない。〕

 またもし全島の人口が適量を越えて増加することがあれば、すべての都会から一定の市民たちが選ばれて、近隣の大陸で、原住民が耕作可能な土地を有り余るほどもってはいるが、農耕はまだ行われていないというようなところに送られ、自分たちの法のもとに植民地(コローニア)をつくる。
 もし原住民たちが一緒に住むことを望めば、その植民地に受け入れられる。「共存を望む原住民たちと彼らは同じ生活方式、同じ風習で一つになり、容易に融合同化します。これは両方の人々に益するところとなります。」(143ページ) 移住者たちは原住民たちが不毛だと思っていた土地を肥沃に変えるからである。
 しかし原住民たちが移住者たちの法に従って生活することを拒否すれば、移住者たちは原住民たちを、自分たちで決めた境界線の外に追い出し、抵抗するものに対しては戦争を行う。その理由は、原住民たちが自然の掟に従って耕すべき土地を放置しておいて、その土地を耕そうとする移住者を排除しようとするのは、理に合わないということである。〔ここでは、土地が農耕が行われるべき場所であるという信念に基づいた、独善的な先住民排除の理由が正当化されている。〕
 もし疫病その他の理由である都市の人口が激減し、他の都市からの移住で補充できないほどであれば、植民地からの帰郷民によって補充される。「つまり彼らは、島の都会を一つでも衰退させるよりは植民地をなくしたほうがよいと思っているのです。」(144ページ)
 古代の都市国家においても、このような植民は行われたので、モアはそれを念頭に置いていると思われる。その一方で、彼の時代には新世界=南北アメリカへの移民が現実味を帯びてきていた。そこで移住者と先住民との間にどのような関係が生じたかは、『ユートピア』を評価する際に見逃すことの出来ない視座である。

 市民たちの共同生活は世帯を基礎として営まれている。妻は夫に、子どもは親に、年少者は年長者に従い仕える。すべての都市は4つの区に等分されており、各区の中心にはありとあらゆる物資を扱う市場がある。そこにあるいくつかの所定の建物にはそれぞれの世帯の働きでできたものが集められ、物資はそれぞれの種類別に倉庫に分納される。その倉庫から、どの家父長も自分と自分の世帯員が必要としているものを探 し出し、必要なだけ無償で手に入れることができる。
 各人が能力に応じて働き、必要に応じて受取るというのが共産主義の原則である。ここでは各個人の意思が世帯主に集約される形になっているが、ともあれ、その原則が実行に移されているようである。
 「貪欲と略奪心はあらゆる生物の場合には(将来の)欠乏にたいする恐怖から起こりますが、人間の場合には、必要もないのに、物を見せびらかして他人を凌ぐのを栄誉と考える高慢心だけで起こります。」(144ページ) のちにアメリカの経済学者であるソーステイン・ヴェブレン(1857‐1929)は「誇示的消費」(Conspicuous Consumption),という概念を作り出すが、その名でよばれるような行為はそのはるか以前からあったようである。とにかく、共産主義的な社会的分配の制度の中では、そのような高慢心は起こらないとモアは考えているようである。

 史上の隣には食料品市場があり、そこには野菜、果物、パンだけでなく、魚、鳥、四足獣で食用になるものなら何でも持ち込まれている。しかし、動物の場合、市外の所定の場所で、血や臓腑などを洗い清められたうえで市中に持ち込まれる。これらの動物が屠殺される場面に一般の市民が立ち会うことはない。それは市民たちの間の慈悲心を失わせないためであるという。(「獣の屠畜から我々は人間の首を斬ることを学んだ」(145ページ)とモアは見出しをつけているが、書いているご本人が首切りの刑にあうことになったのはどうも皮肉なめぐりあわせである。)

 食事は各世帯がそのためにつくられたホールで合同でとる。(なんとなく、むかしの中国の人民公社を思い出す。あるいはイスラエルのキブツを思い出す人もいるかもしれない。) このあたり実際に見聞された方のご意見を伺いたいところである。
 このような公共の行事として行われる食事の際に、ユートピア人が一番気にかけているのは病人であるという。各都市には設備の行き届いた公立病院が4か所に設けられている。食事がこれらの病院に入院している人々に届けられた後、残った人々が集まっているホールで食事は公平に分配される。

 食事をだれがどのようにして作るか、また食事の席はどのようになっているのかなどはまた次回に紹介することにしたい。モアは王侯貴族の邸や、大学の寮、修道院などでの大規模な食事になれていたから、大ホールでの食事ということにそれほどの抵抗感がなかったのであろう。この辺りは、物語と著者の思想の性格を考えていくうえで手がかりの一つになるのではないかと思う。

スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR