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日記抄(8月20日~26日)

8月26日(日)晴れ、暑い。

 8月20日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、これまでの記事の補遺・訂正等:

8月15日
 この日の夕方、外出しようとして、蜂に刺された。気になるのでアレルギー外来もあるクリニックで見てもらったが、大事ないということであった。一応、蜂に刺されたあとに塗る薬をもらったが、効き目が実感できなかったので、使わずに時間を過ごすうち、治ったようである。

8月20日
 NHKラジオ『まいにちフランス語』入門編の8月放送分は、インド洋に浮かぶ(というよりもアフリカの東南のマダガスカル島に近い)レユニオン島(île de la Réunion)を舞台として展開する会話で構成されている。
 La cuisine réunionnaise, ça déménage, gràce notamment aux caris qui sont inspirés des currys indiens. N'oublions pas le rougail, un mélange épicé avec de la saucisse ou du poisson. (レユニオン島の料理はスパイシーで衝撃的です。特にインドのカレーの影響を受けたカリーという料理があるためです。忘れてはならないのはソーセージや魚が入ったスパイシーなあえ物、ルガイユです。)
 マダガスカル島の文化がアフリカというよりもインドネシアに近いという話を聞いたことがあるが、レユニオン島の場合はインドの影響があるようである。

8月21日
 『まいにちフランス語』の続き。男女2人連れがレユニオン島を旅行している。この島はストリート・アートで有名で、以前来た時に見かけた絵をもう一度見ようとすると、既に消されているらしく、見つからない。
Touriste 1 : Il y avait un dessin ici avant. Je suis sûre. (旅行者1: 前はここに絵があったんだけど。確かなんだけど)
Touriste 2: C'est éphémère, c'est la vie. (旅行者2:すぐになくなっちゃうよね、仕方がないよ。)
 最後の”C'est la vieは「しょうがないね」「仕方ないよ」という意味の慣用表現である。「それが人生だよ」という意味だが、「生きていれば、こういうこともあるよね」と嫌なことや残念なことがあった相手をいたわる表現にもなるという。

8月22日
 『日経』の朝刊の「ASIAトレンド」というコーナーに出ていた「ミャンマー映画産業が最高」という記事が面白かった。以前、イメージフォーラムでミャンマーの軍政に反対する大衆運動の盛り上がりを描いた映画を見たことがあるが、サスペンス映画や恋愛映画を見る機会があれば、やはり見てみたい。

 NHKラジオ『実践ビジネス英語』は本日からLesson 10: Work Smarter, Not Harder (懸命にではなく、賢く働こう)という新しいビニェットに入る。舞台となっているアメリカの企業で働く日本人社員が、久しぶりに帰国してみて、日本の職場文化が一変していたことに驚いたというところから話が始まる。
I was amazed to find that the workplace culture had changed drastically. (日本の職場文化が一変していたことを知って驚きましたよ。) 
 最近の政府の「働き方改革」に迎合した内容にならないことを希望する。

 この放送の”Quote...Unquote"のコーナーで取り上げられた言葉:
Wise men learn more from fools than fools from wise men.
      ―― Marcus Porcius Cato (Roman statesman, 234 -149 B.C.)
(愚者が賢者から学ぶより多くのことを、賢者は愚者から学ぶ。)
 マルクス・ポルキウス・カトーはローマの将軍・政治家で、大カトー Cato, the Elderと通称される。彼の同名の曽孫(95‐46 BC)は小カトー Cato, the Youngerと言われる。ダンテ『神曲 煉獄篇』第1歌に、煉獄の守護者として登場しているのは、この小カトーの方である。

8月23日
  真弓常忠『古代の鉄と神々』(ちくま学芸文庫)を読み終える。著者は京都の八坂神社や大阪の住吉神社の宮司を務められる一方、神道学者としても多くの業績を残されているが、特に古代の祭祀をめぐる研究によって知られる。住吉神社の宮司だった時期に、この神社に参拝に出かけたことがあり、一度お目にかかりたいと思ってはいたのだが、予約を取っていなかったので、断念した経緯がある。我が国の製鉄は、弥生時代から始まっており、銅鐸・銅剣・銅矛なども、実は鉄とかかわりが深いこと、神々の祭祀が古代の鉄文化のあとを明らかにすることが考察されている。

 昨日に引き続き、『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote"のコーナーで紹介された言葉:
Everybody is ignorant, only on different subjects.
         (from From Nuts to the Soup, The New York Times)
---- Will Rogers (U.S. actor and humorist, 1879 - 1935)
(人はみな、無知である。ただし、異なる事柄についてであるが。)
 むかしAKB48のメンバーで顔と名前とが一致するのは、篠田麻里子さんだけであった。彼女が「卒業」したので、誰一人として、顔と名前が一致するメンバーがいなくなった。無知を自覚するのには、それなりの知が必要なのである。
 昔勤めていた学校の同僚で、学生に対するガイダンスの際に、先生方は学生たちのことをよく知っているから、学生は身を慎むべきだと言い聞かせている人がいたが、これは無知の自覚がない例である。

8月24日
 この日、歯医者に歯の検診に出かけ、前回からだいぶ間隔があいていたこともあり、歯の状態が悪くなっていることが分かった。それだけが理由ではないが、ブログ訪問の時間が取れなかった。あしからず。

 またまた『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote"のコーナーから:
Not failure, but low aim, is a crime. (from For an Autograph)
    ―― James Russell Lowell
(U.S. poet, critic, editor and diplomat, 1819 - 91)
(失敗することではなく、低い目標をもつことが罪なのだ。)
 ジェームズ・ラッセル・ローウェルは、外交官として活動する一方で、文学活動に携わった。奴隷解放運動に関係する詩を書き、これは後の公民権運動にも影響を与えたといわれる。ローウェル家はBoston BrahminとかBoston Eliteとか言われる名門一族の一つであり、日本にやってきて能登地方の旅行記を書いたり、火星の研究をしたりしたパーシヴァル・ローウェル(1855‐1916)もこの一族の出身である。そういえば、Boys, be ambitious!といったウィリアム・スミス・クラーク(1826‐86)もローウェルの同時代人であり、同じくマサチューセッツ州の出身である。

8月25日
 『日経』の朝刊は8月22日の「ベネズエラ・デノミ「成功」発表」という記事に続き、「10万分の1 ベネズエラ・デノミの劇薬」という記事を掲載している。MASAKI『独裁国家に行ってきた』という本にベネズエラに出かけた一部始終についても書かれているが、新聞記者でも行きたくないという国のようで、この記事の記者もリオから原稿を寄せている。

 同じく『日経』の読書欄のコラム「半歩遅れの読書術」で大野晋編『古典基礎語辞典』(角川学芸出版)という辞書の執筆者の大半が女性であり、そのことがこの辞書に「変換できぬ気持ちを読む」という独特の個性を与えているという高橋秀実さんの文章が出ていた。この辞書を使ってみようと思う。

 ニッパツ三ツ沢球技場でなでしこリーグ2部第1節の横浜FCシーガルズとスフィーダ世田谷の対戦を見た。第1節というのは、本来3月21日に行われるべき試合が、悪天候のために中止になり、順延されたという経緯からである。現在2部の10チーム中4位のシーガルズにとって、3位のスフィーダ世田谷は1部昇格を果たすためにはぜひ勝利しなければならないチームであり、これまでの対戦成績から見ても、難敵の一つである。風が強く、前半風下を選んだスフィーダに攻め込まれる場面が多かったが、次第にペースをつかみ、攻勢に転じる。後半56分にフリーキックの機会を得て、キャプテンのMF加賀選手がゴールを決め、終盤には一部の選手の足が止まってしまい、どうなるかと思ったが、この1点を守って貴重な勝ち点3をあげ、スフィーダと入れ替わって3位に浮上した。
 この日、アウェーで松本山雅と対戦した横浜FCはDFのぺ・スンジン選手がイェロー・カード2枚で退場になって人数が一人少なくなり、前半に1点を先行されたにもかかわらず、後半3点を挙げて逆転勝利を飾り、これまた3位に浮上した。讃岐戦の渡辺一仁選手に続き、この試合でも田代選手がゴールを決めるなど、チーム力の上昇がうかがわれるのは頼もしいことである。

8月26日
 『朝日』朝刊の「視界良好」というコーナーでは担当記者が熊本県立劇場館長の姜尚中さんと「新しき村」を訪ねている。共産主義的な共同労働と、「人間らしく生きる」「自分を生かす」という理念とを両立させようとする「村」の実践が細々とではあるが、現在まで続いていることの意味が問われている。これから後継者が育つかどうかがその回答になるだろう。
 以前から書いていることであるが、武者小路が中国絵画の収集に見せた審美眼の素晴らしさに感心する気持と、それだけの金があったら、もっと「村」のために使ったほうがよかっただろうという気持ちとが相半ばしている。

 「朝日」朝刊の「声」という投書欄に「自虐も美化もせず歴史直視を」という71歳の無職の男性からの投書が出ていたが、歴史を直視する見解を歴史修正主義者たちが「自虐」と難癖をつけたという歴史的経緯をまず直視する必要があるだろう。投稿者は「団塊」もしくは全共闘世代に属する年齢であるだけに、これまでの歴史論争について無知であるとは思えないので、まず自分史を掘り起こすことのほうが重要であろう。

 『日経』の「美の粋」というコーナーでは新たに「山のリアル(上)」として江戸時代の画家、小泉斐(あやる、1770‐1854)とも池大雅(1723‐76)の富士山を描いた作品を取り上げていたが、興味深い企画である。

 同じく『日経』朝刊の「名作コンシェルジュ」は成瀬巳喜男監督の『乱れる』を取り上げている。神保町シアターで上映中なので、見に行くかもしれない。どうもこの劇場では、高峰秀子の出演作が一番人気があるようである。そう書いている私も、高峰秀子の魅力と実力をこの映画館での旧作上映を通じて知ったという思いがある。

 同じく、『日経』朝刊の文化欄に最近、映画『焼肉ドラゴン』を監督した鄭義信さんが「ソウル 夏日記」という文章を書いている。韓国では(というより、「韓国でも」のほうがしっくりきそうだ)、大手企業による再開発が進められていて、大きな問題となっているという。「僕の目から見ると、ソウルは十分に発展しているように見える。それでもなお再開発を推し進めようとする理由がわからない。誰のための再開発で、再開発の向かう先には何があるのだろう」という。
 私がソウルに出かけたのはもう10年以上昔の話だが、まだ「開発」の可能性はあるだろうという印象は持っている。むしろ、開発によって何が失われ、より「俗悪な」何物かが生まれる危険というものを、過去の様々な経験から語っていくべきではないかと思う。エドワード・モーガン・フォースターが英国の都市近郊における開発事業の展開を通じて、何が失われたかを書いた文章など参考になるはずである。 
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