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トマス・モア『ユートピア』(14)

8月15日(水)晴れ、依然として暑い。

 1515年、イングランドの外交使節団の一員としてフランドル地方を訪問したトマス・モアは、アントワープの市民ピーター・ヒレスと交友を結んだ。ある日、そのピーターから、世界中を旅してきた哲人だというラファエル・ヒュトロダエウスという人物を紹介される。ラファエルは、ピーターとモアを相手に、ヨーロッパ特にイングランドの社会が直面している問題とその解決策について話し合い、これらの問題についてもっともよく対処するヒントを与えてくれる国は、新世界にある、彼も5年ほど住んでいたユートピアであるという。そしてラファエルは、ピーターとモアの要請にこたえてユートピアの事情について語りはじめる。
 ユートピアはもともと新大陸と地続きだったのが、ユートプスという指導者が現れて、掘削事業の結果、大陸から切り離された。島の名がユートピアというのは、ユートプスに因んだものである。島には54の都市があり、それぞれが程よい距離を保つ位置にあり、どの都市も似たようなものである。それで、各都市の代表が集まって協議する場所となっているアマウロートゥムの例をあげれば、他の都市の様子も察しが付く。都市の周りには農村があり、人々は交代で農業に従事する。農業が好きな人は、そのままずっと農業に取り組んでもいいことになっている。各都市には住民組織があって、それを基礎にして民主的に自治が営まれている。平素のそれほど重要ではない問題は代表者たちが協議して、方針を決めていくが、大事な問題については全島集会のような大衆討議が行われることもある。〔私有財産の廃止、全員がその能力に応じて働き、必要に応じてその成果を受け取ること、都市と農村の対立が全員が農業に取り組むことによって解決されていることなど、共産主義の原理が採用されている。〕
 
 ユートピアの人々は、全員が農業に従事することになっていて、そのために必要な知識や技能を身につけている。この点をめぐり、澤田訳と平井訳はかなり違っているので、平井訳のもととなったロビンソンによる英訳と、ロビンソン訳とは別の英訳であるターナー訳、ローガン&アダムズ訳についても取り上げて、比較検討してみることにする。
(澤田訳)
 ひとつの仕事は、すべての人に男女の別なく、ひとりの例外もなく課せられており、それは農業です。農業についてはすべての人が子どもの頃から教え込まれ、一部には学校での理論教育を通じ、一部には都会周辺の農村地帯に連れ出されて遊びがてらに教え込まれます。(遊びがてら)と言っても傍観しながらではなく、体力錬成の機会として実習しながら教え込まれます。(133ページ)
(平井訳)
 農業は男女の別なくユートピア人全般に共通な知識(サイエンス)となっている。彼らはみなこの道における熟練者である。すべて子供の時から教えこまれるが、学校で従来のしきたりや規則を教わる一方、また他方では都市の近郊に遊びがてら連れ出され、人々のやっているのを見るばかりでなっく、実際に自分たちの体を動かしてやってみることによっても習得するのである。(岩波文庫版、81ページ、なお、英語のscienceの語源となったラテン語のscientiaは「知識」というのがもともとの意味である。)
(ロビンソン訳)
 Husbandry is a science common to them all in general, both men and women, wherein they be all expert and cunning. In this they be all even from their youth, partly in their schools with traditions and precepts, and partly in the country nigh the city, brought up, as it were in playing, not only beholding the use of it, but by occasion of exercising their bodies practicising it also. (Everyman p.63)
(ターナー訳)
And now for their working conditions. Well, there's one job they all do, irrespective of sex, and that's farming. It's part of every child's education. They learn the principles of agriculture at school, and they're taken for regular outings into the fields near the town, where they not only watch farm-work being done, but also do some themselves, as a form of exercise. (Penguin Classics, p.73)[さて、勤労の状態について取り上げましょう。それで、彼らが男女を問わず、すべてしている仕事が一つあります。それは農業です。それは子どもの教育の一部です。彼らは学校で農業の原則を学び、町の近くの畑への定期的な遠足に連れていかれます。そこで彼らは農作業が行われるのを見ているだけでなく、活動の一部として自分たちでもいくらかの作業をするのです。
(ローガン&アダムズ訳)
 Farming is the one job at which everyone works, men and women alike, with no exception. They are trained in it from childohod, partly in the schools, where they learn theory, partly through field trips to nearby farms, which make something like a game of practical instruction. On these trips they don't just observe, but frequently pitch in and get a workout by doing the jobs themselves. (Cambridge Texts in the History of Political Thought, pp.48-49.)〔農業はあらゆるものが、男も女も同じように、例外なく働く仕事です。彼らは子どもの頃からその訓練を受けます。部分的には学校で、そこで彼らは理論を学びます。また部分的には近くの農園への遠足を通じて、そこでは実際的な教授のゲームのようなことをします。これらの遠足の中で、彼らはただ観察しているだけでなく、しばしば(農作業の)中に入って、彼ら自身で仕事をすることで運動するのです。〕

 この時代のイングランドを含むヨーロッパでは、農業は人口の大部分が従事し、それぞれの地方の主要な産業となっていたが、その作業は単調で過酷なものであった。しかも、収穫物の大半は、貴族や地主、教会や修道院によって収奪されていた。モアは、農作業に全員で取り組むようにすること(後で、出てくるように例外はある)、子どもの頃から農業についての教育訓練を徹底して行い、各人の農業に取り組む力を充実させること(各人の生産性を向上させること)によって問題の解決を図ろうとしている。それから子どもの教育については、この後詳しく説明されるが、実学的な内容を含むべきこと、その際理論的な学習と現場での実際的な経験を組み合わせるべきであること、その実際的な経験はできるだけ楽しいものにすべきであるなどの主張がみられ、それぞれ後世の教育論との関連で注目される内容である。

 さて、農業以外にはどのような職業があるのだろうか。これも、上記5つの翻訳に即してみていくことにしよう。
(澤田訳)
 農業〔いま申しましたように、これはみなに共通(の職業)です〕のほかに、だれもがなにか一つのものを自分の職能として覚えます。それは普通、毛織業、亜麻織業、石工職、鍛冶職、錠前職、または大工職です。ほかには、言及するに値するほど多数の人が従事している職業はありません。(133ページ)
(平井訳)
 農業のほかに(農業が彼ら全部に共通な知識であることは前に言ったとおりである)、彼らはみな例外なく、自分独自の技術として何らかの特殊な知識を習得しなければならない。ごく普通なのは毛織業・亜麻織業・石工職・鍛冶職・大工職といったところで、このほかには特にとりたてていうほどの職業はない。(岩波文庫版、81ページ)
(ロビンソン訳)
 Besides husbandry, which (as I said) is common to them all, every one of them learneth one or other several and particular science as his own proper craft. That is most commonly either clothworking in wool or flax, or masonry, or the smith's craft, or the carpenter's science. For there is none other occupation that any number to speak of doth use there. (Everyman, p.63)
(ターナー訳)
 Besides farming which, as I say, is everybody's job, each person is taught a special trade of his own. He may be trained to process wool or flax, or he may become a stonemason, a blacksmith, or a carpenter. Those are the only trades that employ any considerable quantitiy of labour. (Penguin Classics, p.75) 〔私が言いましたように、あらゆる人の職業である農業に加えて、各人はそれぞれの専門の職を教えられます。彼は羊毛あるいは亜麻を加工処理することを教えられてもいいし、石工、あるいは鍛冶屋、大工になってもいいのです。それらだけが相当量の働き手のいる職業なのです。〕
(ローガン&アダムズ訳)
 Besides farm work (which, as I said, everybody performs), each person is taught a particular trade of his own, such as wool-working, linen-making, masonry, metal-work or carpentry. No other craft is practised by any considerable number of them. (Cambridge Texts in the History of Political Thought, p.49) 〔(私が言いましたように、だれもが取り組む)農作業のほかに、各人は彼自身の特定の職業を教えられます。それらは羊毛に関わる作業、亜麻布作り、石工、金工、あるいは大工仕事です。その他の工芸は彼らのうちの相当数によって取り組まれてはいません。

 『朝日』で「夏の集中講座 ミライ×ヒト」という連載が昨日(8月14日)から始まり、その第1回が「AIと労働」というものであった。2030年になると、AIの発達により、これまで人間がやっていた仕事がなくなって、働きたくても働く場所がない人間が増えるであろうという。トマス・モアは万人が働く世界を理想としていたが、その理想は過去のものになる、むしろ働いていようが、いまいが、最低限の収入を万人に与えるべきである、労働以外の価値を肯定すべきだという駒澤大学准教授の井上智洋さんの意見が紹介されていた。モアが引き合いに出されていたので、びっくりしたのだが、彼が問題にしているのは、イングランドを含む当時のヨーロッパ社会では勤労大衆(その多くは農民)に寄生している不労所得者が多いという現実であった。第1部でラファエルが展開した議論に戻ることになるが、地主、貴族、僧侶に加え、そうした人間たちに寄生している取り巻きが多いということがモアの批判の対象であったのである。〔もっともジェイン・オースティンの小説を読んでいるとわかるが、地主という「職業」もそれほど暇なものではないことも確かである。〕

 その一方で、今回紹介した個所を読んでいると、勤労大衆の世界の事情について、モアが詳しかったとはどうも思えない。モアが農業を重視していることはたしかであるが、酪農の可能性についてどの程度見通していたかはわからないし、ユートピアで一般的な職業としてモアが挙げている業種はあまりにも少ない。それも農業以外は工業に限られていて、商業は(おそらく『ユートピア』の基本的な主張と関連するのであろうが)無視されている。それはさておき、漁業、林業、狩猟、鉱業、交通関係の仕事、教職など、モアの視野に今のところ入っていない職業は意外に多いのである。 
 
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