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トマス・モア『ユートピア』(12)

8月1日(水)晴れ、暑い。

 1515年にイングランド国王の使節団の一員としてフランドルを訪問したトマス・モアはアントワープでピーター・ヒレスの歓迎を受ける。ピーターは世界の様々な国を歴訪したというラファエル・ヒュトロダエウスという人物をモアに紹介する。ラファエルの経験と知識とに心を動かされたモアとピーターは、ラファエルにどこかの王侯の顧問としてその政治を助けるように勧める。しかし、王侯たちは戦争と民衆からの収奪によって自分たちの富を増すことだけを考え、顧問たちはそのような王侯たちに取り入ることだけを考えているという実情をあげて、ラファエルは王侯に仕えようとはしない。ヨーロッパ諸国が直面している戦争や社会問題について語りながら、彼は彼が新世界で訪問したユートピアという国がそれらの問題についての立派な対処策を持っているという。モアとピーターの要請を受けて、ラファエルはそのユートピアについて語りはじめる。
 ユートピアはもともとアブラクサと呼ばれる半島であったのが、ユートプスという指導者が出て、半島を掘り起こして本土から切り離し、三日月型の島にした。島はユートプスに因んでユートピアと呼ばれるようになった。この島には54の都市があり、それぞれが同じくらいの大きさで、互いに程よい距離を保って存在している。島のほぼ中央部にあるアマウロートゥムが各都市の代表が集まって重要な問題を協議する場所となっている各都市はそれぞれの周辺の土地の所有者ではなく、耕作者と自らを考えているために、土地をめぐる争いは都市の間にない。

 「農村地帯には、全耕地にわたって適当に散らばった、農耕器具の完備した農場があります。そこには市民たちが交代で来て住んでいます。」(122ページ) 各都市から1年に20人の市民たちがやってきて、2年間農場で働く。だから40人以上が農場で働いていることになる。「だれであろうと当人の意志に反して農村のつらい生活を長く続けるよう強制されない」(123ページ)一方で、「生まれつき畑仕事が好きな多くのひとたちは、何年も滞在する許可を得ています。」(同上)
 農業に従事することは市民の義務であるが、長期にわたって強制されることはなく、また農作業を好むものはそのまま農村に留まってよいというのである。ここでは個性と自由意思を尊重することが謳われている。
 彼らは鶏を人工的に孵化させて飼育し、また農作業には主として(馬でなく)牛を使っている。
 鶏の飼育については、武者小路実篤の創唱した「新しき村」が戦後の一時期、養鶏事業で経済的自立を果たしたことが想起されて興味深い。牛は馬と違って労役から引退した後に、食肉にできるとモアは書いているが、馬を食べるという発想がないのは、文化の違いの問題として別の意味で興味深い。

 「穀物はパンを焼くためにだけ栽培します。というのは彼らは飲み物として、ぶどう酒、林檎または梨のジュース、そして水しか用いないからです。」(124ページ) 
 イングランドでは穀物をビールつくりのためにも栽培していることが、モアの念頭にはある。なお、平井訳では「ジュース」ではなく「酒」、ロビンソン訳では”either wine made of grapes or else of apples or pears"(p.58)となっている。ターナー訳は、"Corn is used solely for making bread, for they drink no beer, only wine, cider, perry, or water"(p.71)、ローガン&アダムズ訳ではGrain they use only to make bread. For they drink wine made of grapes, apple or pear cider, or simple water(p.44)となっていて、澤田訳以外はすべてジュースではなく、アルコール飲料という訳になっている。ciderはアメリカ英語ではリンゴジュースであるが、英国ではリンゴから作られる発泡酒のことで、英国(とアイルランド)ではごく一般的に飲まれる飲み物である。アルコール度数はワインよりは低い(英国ではいろいろな度数のビールが売られているので、一概には言えないが、ビールよりアルコール度数は高いのではないかと思う)。私も英国滞在中はciderを飲むことが多い(特にStrongbowという銘柄のものをよく飲む)。ある時、ダブリンの酒屋でciderではなくperry(梨から作る発泡酒)を買ったことがあった。その時以外に、perryを買ったり飲んだりしたことがないので、また機会を見つけて飲んでみたいと思っている。

 農産物は都市とその周辺における消費の量を考えて、計画的に生産されているが、かなり余剰があるので、その分は無料で分配される。収穫の時など、余分の人手が必要なときは、都市と連絡を取って必要な人数の市民を派遣してもらうので、作業は一日で片付く。

 ユートピアの都市はたがいに似ているので、一例をあげればすべてを説明することができる。ラファエルは自分が5年間住み、愛着があるのはアマウロートゥムであるから、その例を語ろうという。アマウロートゥムはなだらかな丘の傾斜面に位置していて、ほぼ四角形をしており、市の近くをアーニュドルス川が流れている。この川は満潮時に海水が上がってくるところなど、イングランドのテームズ川に似ているところがある。川には石造りの立派な橋がかけられている。川の水源に近いところの水を確保して、市内の水道として利用している。地形のために水道が設けられない場所では、雨水をためて利用している。
 英国の都市がお互いに似たところがあるというのは(最近はチェーン店が多くなっているので余計にそう思うのかもしれないが)たしかに、一面の真理である。ただ、ロンドンはかなり違っているような気がする。
 
 アマウロートゥム市は「多くの塔や堡塁のついた高く厚い壁で囲まれています」(127ページ)。この時代のヨーロッパの都市は、ロンドンを含めて、それぞれ城壁で囲まれていた。
 中国の都市も城壁で囲まれているが、日本では城郭を石垣、塀、堀などで守ることは一般的に行われていたし、江戸の町は区画ごとに木戸が設けられていたが、城壁といえるようなものをめぐらした都市はなかったようである。
 「道路は交通のためにも風よけのためにも便利に敷かれ、建物は決してみすぼらしくはなく、通りに面して長い一列にならんだ家並みは、向かい側の家々の玄関から一望できます。」(127ページ)。ロンドンをはじめ、イングランドの各地でこのような区画を見ることができる。それぞれの家の裏側には庭があり、別の家並みの裏側の庭と接している。彼らの生活にはプライバシーというものがなく、また「彼らは…十年ごとにくじびきで家を交換しています。」(127ページ)。その一方で、彼らは庭を非常に大事にしている(この辺りもイングランドを想起させる)。彼らは庭で果物や野菜、草物を丹精込めて栽培している。人々は庭の手入れをめぐって競争しあうことで、実利と快楽の両方を得ているとラファエルは言う。アマウロートゥムの家はもともとは粗末な小屋だったが、年月を経て次第に立派に改築され、「いまではみな立派な三階建てで、外側の壁面は花崗岩かセメントか煉瓦でできており、隙間はモルタルの一種で埋められています。」(128ページ) 窓にはガラスまたは加工麻地が使われ、屋内を明るく、また風が通らないようにしている。

 ラファエルの語るユートピアとアマウロートゥム市の様子はイングランドとロンドンを反映しているようなところと、モアの理想を反映しているところが混ざり合っているようで、英国の都市の古い家並みの残る一角を思い出しながら読むと余計にその興趣が深くなる。アマウロートゥム市の水道の話が出てきたが、ロンドンの水道についても調べてみたほうがいいかもしれない。江戸で玉川上水が完成したのが承応3年(1654)のことだというから、日本の都市のインフラ整備が特にヨーロッパに比べて遅れていたとは言えないだろう。日本の都市では水を売って歩く商人がいたが、ロンドンではどうなのか、あるいは他のヨーロッパの都市ではどうだったのかというのも興味ある問題である。 
 
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