FC2ブログ

トマス・モア『ユートピア』(10)

7月18日(水)晴れ、依然として暑い。
 1516年にルーヴァンで初版が発行されたこの書物は、著者であるモアが1515年にイングランドの外交使節団の一員としてフランドルを訪問し、その際にアントワープの人文主義者であるピーター・ヒレスの世話になったという事実に基づいている(ちなみに、ヒレスはモアの原稿をもとに、エラスムスと協力してこの『ユートピア』を出版した人物である)。
 物語はヒレスの紹介で、世界中を旅してまわった哲人であるというラファエル・ヒュトロダエウスという人物とモアがであったことから始まる。彼の経験と博識とに感心したヒレスとモアは、ラファエルにどこかの王侯の顧問としてその政治に協力してみてはどうかと勧める。しかし、王侯は戦争と蓄財にしか興味を持たず、その顧問たちも決してその意向に逆らわないということを知っているラファエルはこの勧めをはねつける。それでも国王の参事会員の一人として、自分の良心を貫こうとすれば、それが他の人々に良い影響を与えるのではないか(これはおそらく、モアの本心であろう)というモアの意見に対し、朱に交われば赤くなる、自分が堕落するだけだとすげなく答える。ユートピアという新大陸のまったく別の制度を持った国を訪問した彼は、ヨーロッパの国々の制度にはあまり期待を抱いていない様子である。

 ラファエルは自分の心の奥にあることを率直に言うと、「私有財産が存在し、すべての人がなんでもかでも金銭の尺度ではかるようなところでは、社会が正しく治められたり繁栄したりすることはほとんど不可能だと思えます」(110ページ)と、共産制の社会でなければ、正しい政治は行われえないという意見を述べる。
 「そういうわけで私は、ユートピア人たちの賢明しごくで尊崇にあたいする諸制度について心のなかで熟考するわけです。彼らのところではごくわずかの法で社会が書くもよく統治され、その結果、美徳に報酬が与えられながら、しかも物が平等に分配され、すべての人が何でも豊富に持つようになっています。」(110‐111ページ)
 それに引き換え、他の国々(つまりヨーロッパの国々)では、各人が自分の手に入れたものを自分の私有物と主張し、多くの法律がつくられているにもかかわらず、どれが誰の私有物であるのかわからない為に、訴訟が絶えないという現実があるとラファエルは言う。

 このようなことから、ラファエルは「公共福祉への唯一無二の道はすべてのものを平等な立場におくことだ」(111ページ)というプラトンのことばを再評価する気持ちになった。しかしそのような平等は、私有財産が認められている社会では実現されないだろう。そのような財産を守るための法律がつくられ、ある人々は多くの証書をかき集めてその財産をますます増やしている。しかも道徳的にみれば、つつましやかな生活をしている勤勉な貧乏人のほうが、貪欲で怠惰な金持ちよりも、多くの財産にあたいするはずだという。

 「ですから私は、私有財産制(プロプリエタス)がまず廃止されないかぎり、ものが、どんな意味においてであれ公正、正当に分配されることはなく、人間生活の全体が幸福になるということもないと確信しております。」(112ページ)  財産の所有に上限を設け足り、君主の権限を抑制したり、公職にある人々の腐敗を防ぐための手段を講じることによって、世の中は多少はよくなるかもしれない。「しかし各人のものが私有である限りは、そういう悪弊が快癒して、良好な状態に戻るという望みは皆無です。」(113ページ)とラファエルは世の中のすべての悪の根源であると彼が考える私有財産の廃止を強く訴える。

 それに対して、モアは反論する。すべてが共有の財産ということになれば、人々が自発的かつ勤勉に働くことはないのではないか。むしろそのことによって社会は貧しくなり、その混乱がひどくなるのではないか。
 これに対し、ラファエルはユートピアで数年を過ごしてみれば、そういう疑問はたちどころに溶けるという。それは信じがたい話だと、今度はピーターが反論する。我々の(つまりヨーロッパの)社会よりも優れた社会が新世界に存在するということは信じがたい。これは、この『ユートピア』という虚構の文学の世界だけの問題ではなく、「新大陸」を発見したスペインの為政者たちにとっても重大な問題であった。彼らがアステカやインカの文明に接して、どのような反応を示したかを思い出してほしい。〔大航海時代〕における「文明の衝突」は歴史の祖であるヘロドトスが取り組んだ衝突以上に深刻なものであり、現在のわれわれの世界が直面している問題も、この衝突の深刻さを引きずったものだといえるかもしれない。
 ピーターはさらに、ヨーロッパには「偶然のおかげで見つかった、人知のとうてい及びがたいような発見もいろいろあり、またほかに経験による発見がたくさんあるのです」(114ページ) 澤田さんはこれと同じような議論をアリストテレスが『政治学』第2巻第2章10の中で展開しているというが、これは澤田さんが実際にアリストテレスの原典に当たっていないことを証明するものである。『政治学』の第2巻の第1章から第5章でアリストテレスはプラトンの『国家』の思想に批判を加えている。とくに第5章でプラトンの「財産の共有」という考えに対して、徹底的に批判をしている。このあたり、Cambridge Texts in the History of Political Thought(ケンブリッジ政治思想史叢書)の中のGeorge M.Logan & Robert M.Adams (eds.)による『ユートピア』にはきちんと注記されているが、澤田さんは別のもっと当てにならない注釈書を信用したらしい。
 これに対してラファエルは、今を去ること1200年前に、数人のローマ人と1人のエジプト人とがユートピアに漂着したことがあり、ユートピア人たちは、彼らから当時のローマとエジプトのさまざまな学問・技術を学び取って、現在に至っているのだと答える。ユートピアにも、ヨーロッパ社会が経験したのと同じような偶然があったのだというのである。
 モアとピーターはますますユートピアについての興味をかきたてられ、ラファエルにそこがどのようなところなのかを詳しく語るように要請する。2人の懇願を受けて、彼らと夕食を共にした後、ラファエルはユートピアについて彼が経験し、知りえたことを詳しく語り始める。

 こうして、『ユートピア』第1巻は終わる。第1巻は、その当時のヨーロッパ社会、特にイングランドの社会の問題点や、その問題の解決をめぐる議論を概観していて、これはこれで読みでがある。とくに、プラトンの権威主義と財産共有の思想を引きずるラファエルと、アリストテレスの民主主義と私有財産の肯定を引き継いでいる人々の対立という構図もなんとなく明らかになってきたように思われる。中世のスコラ哲学やその影響下にあった政治思想が、アリストテレス的であったのに対し、ルネサンスはプラトンの再発見の時代であった。その中で、モアはこの2人の大哲学者の政治思想から何を学ぶべきかを悩んでいるようにも思われる。次回からは、いよいよ、ユートピアの地理や諸制度についての詳しい話が始まる。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR