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近藤史恵『スーツケースの半分は』

7月16日(月)晴れ、雲が多いが、それでも暑い。

 7月15日、青柳碧人『晴れ時々、食品サンプル』(創元推理文庫)を読み、さらに余勢をかって近藤史恵『スーツケースの半分は』(祥伝社文庫)を読み終える。

 「余勢をかって」などと書いては見たが、実はこの本を買ったのは5月13日のことで、読み終えるのに64日かかったことになる。私は読むのが早い方で、この手の本ならば、遅くとも4日あれば読み終えることができる。 それが64日かかったのは――途中で、本を投げ出して、また忘れることができずに手を取った――という経緯があるからである。

 ニューヨークでミュージカルを見るという夢をなかなか実現できないまま29歳を迎えてしまった主婦の山口真美は、大学時代の親友とあうために出かけたフリーマーケットで青いスーツケースを見かける。思い切ってそのスーツケースを手に入れた彼女は、いろいろと心配を並べる夫を振り切って、単身ニューヨークに旅立つことになる…という第一話「ウサギ、旅に出る」に始まって、この青いスーツケースにまつわる様々なエピソードが第九話まで並ぶ。当然、海外旅行の話が多いのだが、それだけではない。そして、さまざまな人間模様が展開される。「スーツケースの半分は空で行って、向こうでお土産を買って詰めて帰っておいでよ」(30ページ)というのは、真美の親友の一人で第四話の主人公になる悠子が真美に送ったメッセージである。お土産の品よりも、土産話のほうが心に残るものだが、品物が物語を思い出すきっかけになるかもしれない。
 
 第二話「三泊四日のシンデレラ」では真美の親友の一人でオフィスクリーニングの会社のマネージャーをしている中野花恵が(自分のスーツケースが壊れていたので)真美から青いスーツケースを借りて香港に旅立つ。第三話「星は笑う」では真美、花恵の親友で派遣社員をしながらあちこち海外旅行をしている舘原ゆり香が、真美の買ったスーツケースが「幸運を呼ぶ」のではないかという話を聞き、付き合っている彼氏の誘いでアブダビに出かけることになり、高級ホテルに泊まるということで、半信半疑の想いを抱きながらもスーツケースを借りることになる・・・。第四話「背伸びする街で」では大学時代の親友4人組の最後の1人、フリーライターの澤悠子が取材でパリに出かける。彼女はもちろん、自分のスーツケースを持っているが、他の3人がこれは「幸運を呼ぶスーツケースだ」というので、青いスーツケースを借りての旅である。第五話「愛よりも少し寂しい」は、その悠子にパリで会って話をした花恵の従妹で「留学生」の中野栞の話になる。悠子がホテルでチェック・アウトした後に青いスーツケースが行方不明になっているので、探してほしいと花恵に言われ、ホテルと交渉することになる…。

 映画好きであり、それだけになかなか詳しく、特にフランス映画に詳しい別府葉子さんが、コンサートの途中で『舞踏会の手帖』(Un carnet de bal, 1937)という映画についてしゃべったことがある。若くして未亡人になったクリスティーヌ(マリー・ベル)という女性が、20年前に16歳の時に経験した初めての舞踏会で踊った相手を手帳を手掛かりに探して、1人、1人訪ね歩くという話である。その作品を監督した名匠ジュリアン・デュヴィヴィエが第二次世界大戦中にアメリカにわたっていた時期に手掛けた『運命の饗宴』(1942、日本公開は1945)も同じように、さまざまな人生の転変が切り取られて描きこまれている作品で、フランスとハリウッドの違いはあるが、有名どころが名を連ねて出演しているのは共通している。ニューヨークで仕立てられた夜会服が、次々に様々な人物の手に渡って、それぞれの人生模様が展開される。この『スーツケースの半分は』を読んでいて、なぜかこの映画を思い出した。(もっとも、『運命の饗宴』という映画を私は、テレビで不完全な形でしか見ていない。) 

 このブログを書くというので、『運命の饗宴』について調べ直したのだが、『スーツケースの半分は』の青いスーツケースが「幸運を呼ぶ」のとは逆に、夜会服にはその服を作った職人の呪いが込められているという話であった。しかし、問題は、「幸運を呼ぶ」とか「呪いが込められている」とかいうことではなく、「幸運を呼ぶ」のも「呪いを呼び覚ます」のも結局はその持ち主の生き方だということではないだろうか。まじめに、一生懸命に生きているのだが、運の悪い人があるきっかけをつかんで人生を好転させるということがある。逆に、運がいいだけで生きていた人間の地金が、何かのきっかけで暴露されてしまうということもあるだろう。そのきっかけに目を奪われて、隠れていた生き方に目を向けないというのでは、人生の真実はつかめない。

 第六話「キッチンの椅子はふたつ」でスーツケースは元の持ち主のもとに返される。フリーマーケットでこのスーツケースを売ったのは離婚して娘と二人暮らしの獣医である星井優美である。スーツケースは彼女の義姉の形見分けだったのだが、そんなものはいらないと決め込んだ彼女はフリーマーケットで売りに出したのである。「私は幸運をちゃんともらったから、次からは自分で選んだスーツケースで行きます」(207ページ)。そういって、山口真美はスーツケースを元の持ち主である優美に返す。優美のほうにもスーツケースが必要になる事情が生じていた…。
 あと三話がどのような展開になるかは読んでのお楽しみということにしておこう。スーツケースを作った職人も登場するし、ほとんど旅行をしなかったはずの優美の義姉がなぜ目立つ青色のスーツケースを持っていたのか、それに、スーツケースの中に入っていた「あなたの旅に、幸多かれ」と書かれたメモは、だれがだれのために書いたものなのか…、さまざまな謎が解かれてゆく。

 スーツケースがらみで、次はどこで、どのようにして物語が展開するかを予想する楽しみを奪うような、かなりおせっかいな紹介になってしまった。自分なりの旅の思い出と重ね合わせて読んでもいいし、旅への夢を膨らませるために読んでもいいと思う。あと2つ余計なことを書いておくと、この文庫本の解説は大崎梢さんが書いていて、さすがに作家だから要点を捕まえて解説しているのだが、本文を読んでから解説を読む(それが当たり前だが)方が楽しみが多いだろうということと、235ページにベルギーの「ゲント」という地名が出てくるが、これは「ヘント」とオランダ語読みするのが普通ではないかということである(ある時、「ガン」とフランス語読みをしてしまったことをいまだに後悔しているといういわくがある)。あるいは、旅行歴豊富な近藤さんのこと、実際に現地で「ゲント」という発音に接したのかもしれず、そうであれば、こちらが余計な口をさしはさむ筋合いの問題ではない。
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