FC2ブログ

日記抄(7月9日~15日)

7月15日(日)晴れ、暑い。

 7月9日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、これまでの記事の補遺・訂正等:

 この度の豪雨で亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被害にあわれた方々の生活が一日も早く元に戻ることを切望しております。被害の大きかった土地の中には、現役時代に出張で何度か出かけた場所も含まれているだけでなく、住んでいる友人・知己も少なくないので、余計に心配です。

7月9日
 昨日は新聞の休刊日で、本日の朝刊は発行されないが、スポーツ新聞は別である。
 『スポーツニッポン』に俳優の加藤剛さんが6月18日に亡くなられていたという記事が出ていた。記事に紹介された映画の中では、『影の車』(1970、松竹、野村芳太郎監督)、『黒の斜面』(1971、松竹、貞永方久監督)、『忍ぶ川』(1972、俳優座=東宝、熊井啓監督)を見ている。リストに上がっていなかったが、『日本侠花伝』(1973、東映、加藤泰監督)では賀川豊彦の役を演じていた。松本清張原作作品への出演が多いが、なぜか『砂の器』(1974、松竹、野村芳太郎監督)は見ていない。何とか見る機会を作ろうと思っている。それが加藤さんへの供養になるのではないかという気がする(実は山口果林さんが見たいのである)。それにしても紙面に掲載されていた写真で一緒に写っている方々――クロード・ジャド、木下惠介、田中好子、愛川欽也、竹脇無我――皆さんが故人になられているというのはさびしい。ご冥福を祈る。

 同じ『スポーツニッポン』に「高校生女優」として浜辺美波さんの紹介記事が出ていた。「顔に特徴がない。だからどんな役にも変われる」というのが強みだそうだ。「個性のない普通の雰囲気」が重宝されたという香川京子さんのような大女優になるかどうかは本人の努力次第であろう。TV、映画での出演作品は見ていないが、週5回、ラジオの『ボキャブライダー』で声を聴いている(そんなことは記事には書いてなかった)。『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』で今年からナビゲーターをつとめている関根麻里さんに比べて、英語は下手だが、芝居は上手だという印象がある。

 有間カオル『気まぐれ食堂』(創元推理文庫)を読み終える。調理師の実果は、念願の三ツ星レストランで働きはじめた矢先にケガをして失業、恋人にも苦られてしまう。思いがけなく休みができてしまった彼女は、あてもないまま瀬戸内海の小島の民宿にしばらく滞在することにした。島民よりも猫の多い猫島で民宿を営む老夫婦と、料理を手伝ったり(これはお手の物である)、釣りに付き合っ(元漁師の老人との実力差を痛感させられ、猫達にまで馬鹿にされ)たりする。そんなある日、猫に誘い出されて道に迷った彼女は、気まぐれで営業しているという風変わりな食堂と出会う。主人らしき青年はいるものの、たいていは店を開けていて料理をふるまう様子もない。この食堂の正体は一体なんであるのか。ミステリーらしくないミステリーはこの謎を追って展開される。そしてそのなぞときの中で実果は料理人としての自覚を身につけていく… 

 西部邁『六〇年安保 センチメンタルジャーニー』(文春)を読み終える。シソーラスで調べてみると、sentimentalという言葉には、ロマンティックに美化されたとか、理想化されたとかいう意味があるのだが、60年安保闘争の際に共産主義者同盟(ブント)の圭の学生運動の指導者の一人であり、後に保守派の政治学者になった西部が、どのような感情をこめて、この時代の闘争と交友関係をsentimentalと形容しているのか、真意は確かめようがない。

7月10日
 『朝日』朝刊は現在、日本の学校で学ぶ日本語の特別な「指導必要な子」の数は4万3千人を超えていると報じている。子どもたちの母語が多様であるだけに、多様な指導が求められるわけである。同紙のコラムHUFFPOSTで関根和弘さんが「日本語る『外国人』は多様化」(だから、日本の文化と社会に対する意見も多様化しているはずだ)と指摘している一方で、『日経』朝刊のコラム「大機小機」は「外国人受け入れ 失敗から学べ」という見出しを掲げて「外国人労働者を使い捨てにできる『労働力』とみなすだけでは、将来大きな禍根を残す」と警告している。日本人同士の付き合いでもそうだが、批判的な意見を(それなりの好意をもって)行ってくれる人の存在を有難いと思うべきなのである。好意と書いたが、悪意の意見であってもその正しい部分を受け止めることができるだけの度量も必要であろう。

7月11日
 『日経』朝刊の文化欄のコラム『喪友記』で栗原小巻さんが同じ劇団の一員でもあり、何度も共演した加藤剛さんについて、「喜びも苦悩も」共にしたと思い出をつづっていた。とくに長い時間をかけて撮影された『忍ぶ川』では「撮影を通じて、経験した巡る季節、日本の四季はどこか人生に似ていて」というあたりに加藤さんへの哀悼の気持ちが感じられた。

 NHKラジオ『まいにちスペイン語』の「今日の会話」:
Nuestro próximo destino es la Universidad de Hokkaido. He oído que hay una alameda muy bonita. (私たちの次の目的地は北海道大学ね。とてもきれいなポプラ並木があるって聞いたわ。)
Sí, pero no sé cómo ir ahí (うん、でも行き方がわからない。).
¡ Che!, ¿no sabés que preguntando se llaga a Roma? (ねえ、人に聞けばローマに行けるって知らないの?)
 北海道大学は札幌駅のすぐ近くで、門にたどり着くだけならば、他の大学に比べて簡単である。むしろ門の中に入ってから、目的の建物に行くまでが大変だという印象がある。それだけ大学の構内が広いということである。

 ニッパツ三ツ沢球技場で第96回天皇杯の3回戦、横浜F・マリノス対横浜FCの対戦を観戦した。三ツ沢でアウェー側のゴール裏での観戦は初めての経験である。F・マリノスは主力をならべ、横浜FC は主力を温存して(どちらが格上のチームかわからない⁉)の対戦であったが、延長までもつれ込む接戦となり、マリノスが2‐1で横浜FCを破った。最終的にはJ1にいるチームとJ2のチームの個々の選手の経験と技術の差が出たという感じがある。試合開始前と終了後に、元横浜FCの選手で、現在はチームのスタッフになっている内田智也さんを見かけた。

7月12日
 『日経』朝刊のコラム「大機小機」に「大学と文科省」という見出しで、「そもそも、文科省が旗を振る『改革』はおおむね的外れではないだろうか。…18歳人口の減少がわかっているのに、大学の数も大幅に増やしてきた」と論じられていたのは、時機を失した感があるが、核心を突いた意見である。日本の大学の大衆化の中で、文教政策と行政がそのかじ取りを誤ってきたことは、日本の経済的な力に比して、日本の大学の国際的な評価が低いことで明らかではないか。いわゆる「新構想大学」の中で成功したといえるのは、筑波大学だけで、それも実は東京教育大学の研究・教育上の遺産を継承しているからこその成功であったのではないか。

 『朝日』、『日経』2紙ともに、その朝刊で「人口動態調査」の結果、外国人人口が過去最高の249万人に達したことを報じている。(約230万人という名古屋市の人口よりも多い!) 特に『日経』は東京では20代人口の1割が外国人であること、アジア出身者が多く、働き手としてその存在感が高まっていることを強調している。移民の受け入れには慎重であるべきであるという議論はともかく、受け入れに反対という議論をブログで展開している人がいるが、事実上日本は移民受け入れ大国になっていて、小売業界のかなりの部分が外国人労働者に依存せざるを得ないという状況になっているのが現状であって、その現実にどう対処するかという議論が今や求められているのである。

 NHKラジオ『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote"のコーナーで取り上げられた言葉:
Many of llife's failures are people who did not realize how close they were to succcess when they gave up.
---- Thomas A. Edison (U.S.inventor, 1847 - 1931)
(人生で失敗した人の多くは、自分がどのくらい成功に近づいているかに気づかず、あきらめてしまった人たちだ。)
 もっとも、失敗を成功と言いくるめることだけに成功している人もいなくはない。

7月13日
 『日経』朝刊の文化欄に川島秀一さんが「漁師の風習 深い精神世界」という興味深い文章を書いている。特に「寄り物」という語は、山内譲さんの『海賊の日本史』にも登場している言葉で、そこで使われている意味と、川島さんが調べたところでの意味と、どのように関連し、どのように違うのかは、調べてみる価値のある問題ではないかと思う。(山内さんによると新城常三という人が詳しく研究しているらしい。)

7月14日
 7月7日の当ブログで取り上げた山内譲『海賊の日本史』(講談社現代新書)について、『朝日』と『日経』の両紙が朝刊の書評欄で紹介している(『日経』のほうが詳しく内容に触れているとはいえ、論評の域には達していない)。この本については、また機会を改めて紹介・論評していくつもりであるが、最近の歴史書の中では面白い、読み応えのある本であることに違いはない。

7月15日
  『日経』の朝刊に窪田直子さんが書いている「近代ベトナムの夢と理想」という1925年にインドシナ美術学校(現在のベトナム美術大学)がハノイに開校して以来の一方でベトナムをはじめとする東南アジアの伝統、他方でフランスを中心とするヨーロッパの美術の動きの両方を融合して発展してきたベトナムの漆絵をはじめとする絵画の発展をたどる論文が興味深かった。好き嫌いは別にして、東南アジアの美術的な伝統について、知識を広げ、理解を深めることは大事なことではないかと思う。

  同じく『日経』の日曜日の朝刊に掲載されているコラム「遊遊漢字学」で、阿辻哲司さんがある外国語大学で起きたちょっとした事件を取り上げていて、興味深かった。日本語があまりよくできない中国人の先生が、学生に対して夏休みの計画を中国語で書くという課題を出した。大抵の学生は適当なことを書いて出したのだが、一人だけフランスに出かけるという学生がいて「仏国」に行くと書いたところ、先生がこの「仏」という字を読めない。そこで「佛」という旧字を書いたところ、先生は仏教国という意味だと思って、タイかミャンマーに行くのだと勘違いし、その話をはじめたという。中国語ではフランスのことは「法蘭西」と書き、「法国」と略すのだが、学生のほうはそれに気づかず、日本ではフランスのことを「仏」と略記することに先生のほうは気づかず、行き違いが続いたという話である。日本ではアメリカを米、フランスを仏、ドイツを独、イタリアを伊、ロシアを露と略記するが、中国ではアメリカは美、フランスは法、ドイツは徳、イタリアは意、ロシアは俄である。
 吉川幸次郎『漢文の話』(1962)という本の中に、狩野直喜が近衛文麿を追悼する文章を書いた際に、米、仏、独…という書き方をしたが、狩野は中国では美、法、徳・・・という書き方をすることを知っていたはずであり、わざわざそう書いたことには微意が含まれていたと考えられるという個所があったと記憶する。それで私は中国語を勉強する前から、日本と中国では国名の漢字表記に違いがあることを知っていた。阿辻さんが触れている外国語大学では、中国人の先生に中国語を習い、1年生の夏休み前にすでにまとまった中国語の作文ができる程度に中国語が上達しているなど、優れた教育成果をあげている一方で、50年以上昔の高校生が知っていたことを学生が知らないという知識の偏りができている。
 何が言いたいのかというと、中国語教育には(他の言語教育でも同じだが)、前人の積み重ねてきた様々な蓄積があり、それを無視して、いきなり新しい教育を行おうとしてもうまくいくわけのものではないということである。昔、NHKのラジオの中国語講座を担当していた黎波先生が、日本語の発音こそ中国人丸出しであったけれども、日本語と中国語の内奥に迫る知識と理解をもってユーモアたっぷりに中国語を教えていたことを思い出す。最近日本で中国語を教えている中国人の先生たちの中には、日本語の能力に問題がある人が時々見られるが、そういう少数の不幸な例外をなくすためにも、日本における中国語教育のための十分な事前教育が必要ではないかということである。〔もう一つ言えることは、外国語の教師はnative speakerでなければならないというのは絶対的な真実ではないということである。〕

 横浜FCはアウェーの新潟アルビレックス戦(新潟デンカ・スタジアム)で後半にFW戸島章選手のゴールで挙げた1点を守って勝利し、5位に順位を上げた。11日の天皇杯に続いての得点で、このところ、戸島選手の調子が上がっているようである。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR