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ウィルキー・コリンズ『月長石』再読(4)

7月12日(木)曇りのち晴れ

 インドのベナレスのヒンズー教寺院の月天の額を飾っていた黄色いダイヤモンド――は「月長石」と呼ばれ、人類の世代が続く限り、3人のブラーフマンによって見守り続けられなければならず、この聖なる石に手を触れるものは、本人だけでなくその一族係累のものに災いが下るであろうといわれてきた。やがてこの宝石は、セリンガパタム(シェリーランガパトナ)のスルタンであるチッポー(ティップー)の手に入り、その短剣を飾っていたが、1799年5月4日にセリンガパタムが英軍の強襲を受けて陥落し、チッポ―が戦死した時に、英軍の将校であったジョン・ハーンカスルの手に入った。どのようにして手に入ったか、彼は語らなかったが、攻撃に同行した彼の従弟は、ジョンが兵卒たちの略奪を取り締まる役割を命じられながら、それに違反して宝石を強奪したのではないかという疑いを抱き、その旨を自分の家の記録に残す。

 ジョン・ハーンカスルはイングランドの貴族の次男であったが、この事件のために一族のものから除け者にされ、ダイヤモンドとともに帰国してからも孤独な生活を続けた。彼の妹のジュリアはヴェリンダー家に嫁いでいたが、死に際してジョンが甥であるフランクリン・ブレークに託して、月長石をジュリアの娘で、ジョンには姪にあたるレイチェル・ヴェリンダーの18歳の誕生日(1848年6月21日)に贈り物として与えた。ところが、その夜、月長石は所在不明となり、ロンドンのスコットランド・ヤードの刑事が載りだしてきても事件は解決せず…最後には死者まで出る…
 事件が一応「終わった」後の、1850年5月21日にフランクリンは、ヴェリンダー家の執事であるガブリエル・ベタレッジを訪問し、弁護士の勧めにより彼が事件の一部始終を語る証言集の編纂に取り組んでいること、既にある家の記録から月長石の略奪に関わる証言を得ていることを語り、宝石がヴェリンダー家にとどいてから紛失し、その後捜索が続けられた経緯を手記にまとめるようにベタレッジに依頼する。

 ジョン・ハーンカスルには3人の美しい妹があり、長女のアデレイドはブレーク家に嫁いで、フランクリンとその兄弟を儲け、次女のカロラインは銀行家のエーブルホワイトと身分違いの結婚をして、何人かの子どもを儲け、三女のジュリアはジョン・ヴェリンダー卿と結婚してレイチェルを儲けた。ベタレッジはもともとハーンカスル家に奉公していたのが、ジュリアがヴェリンダー家に嫁いだのをきっかけに、ヴェリンダー家で働くことになり、やがて土地差配人になり、さらに執事になったのであった。そして彼の娘のペネロープも成長して、レイチェルのお付きの女中となっていたのである。
 フランクリンは幼いころに、ヴェリンダー家で生活していたことがあるが、父親が公爵家の相続をめぐる訴訟に敗北したことがきっかけで、外国で教育を受けるようになり、さらにその後も外国を転々として生活をしていた。彼は陽気で社交的であるが、気まぐれで、あちこちで借金をつくってはいたが、人々から愛されて生活していたが、1848年にイングランドに戻り、しばらくロンドンの父親のもとに滞在していたが、5月24日(水)に、彼が翌日、ヨークシャーのヴェリンダー邸を訪問するという知らせが届く。ヴェリンダー邸の人々は、フランクリンの幼少時代のことしか知らないが、ベタレッジはいたずら好きでかわいいお坊ちゃんだったと記憶し、レイチェルは従兄が自分を手荒く扱ったことだけを覚えていた。

The Thursday was as fine a summer's day as ever you saw; and my lady and Miss Rachel (not expecting Mr Franklin till dinner-time) drove out to lunch with some friends in the neighbourhood. (Penguin Popular Classics, p.25)
(中村訳) 「木曜日はこれまでになくよく晴れて夏らしい日だった。奥さまとレイチェルお嬢さまは(フランクリンさまは夕食前にはお着きになるまいとお考えになって)近所のお友だちのところへ昼食によばれておでかけになった。」(31ページ)
 二人が出かけた後、ベタリッジはフランクリンを迎える準備に抜かりはないかを確認し、執事と兼任している酒庫の番人の役目を果たすべく(この仕事は他のだれにもさせたくないのである)、当家ご自慢のラツール(Latour)の赤ブドウ酒(原文はclaret=ボルドー産の赤ワイン)の瓶を取り出してきて、夕食までに冷え過ぎを和らげるため、あたたかい夏の空気(warm summer air)にあてておいた。
 物語の筋とは関係がないのだが、5月はsummerだと考えられていることが気になった。手元にある英英辞典のうち、Longman の辞書ではsummerについて、the season between spring and autumn, when the weather is hottestと説明しているのに対し、Collinsの方はwarmest season of the year, between spring and autumnとしている。イングランドでは気温についてhotという表現を聞くことはあまりなく、かなり気温が高くてもvery warmで済ませてしまうようである。だからhotというとむしろspicyという意味で使うことが多い。ラトゥールの赤ワインはボルドー・ワインの中でも一流の評価があるらしい。赤ワインは室温で飲むというのは、現在でも変わらないが、地下の酒庫に寝かしておくだけで、かなり冷えているので、陽に当てて温めようというのである。ところがだれか訪問者があるらしい様子で、ベタリッジは足を止める。

Going round to the terrace, I found three mahogany-coloured Indians, in white linen frocks and trousers, looking up at the house.
(中村訳=テラスのほうへまわってみると、まっ白いリンネルの上着とズボンをつけた、三人のマホガニー色のインド人がお邸を見あげていた。)(32ページ)
 3人のインド人たちのほかに、利口そうな(と中村は訳しているが、原文はdelicate-lookingでか弱そうな、とかかぼそそうなという意味ではないか) 顔つきで明るい色の髪をした英国人の少年がついていて、袋を持っていた。ベタリッジは、この3人が旅回りの手品師(strolling conjurers)で、袋を持った少年はその道具を持っているのだろうと考えた。3人のうちで英語が話せて、物腰も一番上品な1人が話しかけた言葉から、ベタリッジは自分の推測が間違っていないことを知った。彼らは、このお邸のご婦人方の前で手品をしたいが、お許し願えるかと尋ねたのである。

 この時、ベタリッジがインド人たちに対してとった態度とその説明が分かりにくい。彼は芸人に対して偏見を持つような人間ではないだけでなく、手品のような娯楽を楽しむのが好きだという。また肌の色が黒い人間に対して偏見を抱くようなこともないという。彼はヴェリンダー家の大事な食器を表に出しているままであったことに気づき、その英語を話すインド人の方が自分よりも物腰優れたことに気づいて、彼らに対し、奥様方は留守であるといって、引き払わせる。家の中が片付いていないので、客をあげたくないという気持ちであろうか。とにかく、インド人たちがおとなしく引き上げたので、ベタリッジは安心して、しばしの転寝を始める。

 ところが、彼は駆け足で近づいてくる足音にその眠りを破られる。近づいてきたのはほかならぬ彼の娘のペネロープである。彼女は、3人のインド人の手品師たちを今すぐ逮捕するようにしてくれという。その理由というのは、彼らはフランクリン・ブレークがロンドンからここにやってくるということを知っていて、彼に対して何か良からぬことを企んでいるように見えるということなのである。
 これを聞いて、ベタリッジは驚いて、眠気はどこかへ消し飛んでしまった。彼は娘にそんなことを言いだした理由をたずねた。

 ペネロープは(彼女の主人であるレイチェルが外出中なので)、門番(lodge-keeper)の娘と世間話(gossip)をしていた。lodgeというのは大邸宅の脇にある番小屋で、門番とか園丁とかが住んでいる。ところが、アガサ・クリスティーの時代になると、大邸宅の持ち主が自分の邸宅を貸し出して、自分自身は番小屋に住むという例が多くなってくる。
 二人の娘は、ベタリッジが追い出したインド人が例の少年を後ろに従えて出ていく姿を見つけた。先ほど指摘したことと関連するが、中村訳は「私の目には、ただかわいらしい利発そうな少年としかうつらなかったが、娘たちは、異国人たちに虐待されていると思い込み、お邸と道路を仕切っている生垣の内側を歩いてこっそり後をつけ、生垣の向こう側で、異国人たちが何をするかと見張った。すると、彼らは、これから述べるような奇怪な仕種をはじめたというのである。」(33ページ)となっているが、原文に当たってみると、Taking it into their heads that the boy was ill;-used by the foreigners - for no reason that I coulld discover, except that he was pretty and delicate-looking --the two girls had stolen along the inner side of the hedge between us and the road, and had watched the proceedings of the foreigners on outer side. Those proceedings resulted in the performance of the following extraordinary tricks.(Penguin Modern Classics, p.27)となっている。(少年が外国人たちに虐待されていると思い込んで、その理由というのは、私が見たところでは少年が小さくてか細いというだけのことしかなさそうであったが、2人の娘は我々と道路との間の生垣の内側をこっそりと歩いて、その向こう側で外国人たちがしていることの成り行きを見守った。その結果として以下に述べるような驚くべきトリックをやってのけたのであった。)

 delicateは、やはりここではfragileという意味で使われているとみるべきである。インド人たちのトリックがどのようなものかは次回に語ることにしよう。それから、作中人物は、この時点では誰も気づいていないが、読者はこのインド人たちというのが例の月長石を守る3人のブラーフマンであることに気づくはずである。少し先回りして書いておくと、少年というのは、このインド人たちがロンドンのどこかで見つけて連れてきた浮浪児らしいので、よほど贔屓目に見ないと「かわいくて利発」には見えないだろう、むしろ、2人の娘たちのように子どもが外国人に虐待されていると考えるほうが自然なのではないかと思う。人生経験豊かなベタリッジだが、少し寝ぼけている。若い娘2人の直感のほうが真相に迫っているというところが面白いところである。
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