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トマス・モア『ユートピア』(9)

7月11日(水)晴れ、雲が多いが、依然として気温は高くなりそうだ。

 1515年、イングランド(当時の国王はヘンリーⅧ世)とカスティーリャ(当時の国王はカルロスⅠ世、神聖ローマ帝国皇帝としてはカールⅤ世)との間で起きた紛争の解決のため、フランドルに派遣された外交使節団に加わっていたトマス・モアは交渉の中断中にアントワープに赴き、この町の市民であるピーター・ヒレスの歓待を受けた。
 ある日、モアはヒレスから、世界中を旅してまわった哲人であるというラファエル・ヒュトロダエウスという人物を紹介される。世界の様々な国々、特に新大陸の未知の国々の制度の見聞を含む彼の博識と経験とに感心したピーターとモアは、どこかの王侯の政治顧問となるように勧める。
 しかしラファエルは、王侯の顧問というのは阿諛や追従をこととする連中であり、その仲間入りをしたくはない、それに王侯の周辺で行われている会話は戦争で自国の領土を広げることや、民衆に重税を課して収奪することばかりで、平和と幸福を願うラファエルにはそんな会話に加わることは苦痛である。

 国王は自分自身の富を増すことよりも、国民を豊かにすべきであり、新しい税金を作り出したり、古い税金を復活させたりして国民から収奪することを考えるべきではないとラファエルが、どこかの王侯の前で言い、さらにユートピアからそれほど遠くないところに住んでいるマカレンス人たちの法を紹介したらどうなるだろうかと、彼は言う。「彼らの王は、いついかなるときも千ポンド以上の金、またはそれと同価の銀を彼の金庫に貯えるようなことはけっしてしないようにと、統治開始初日の盛大な祭礼における宣誓で義務づけられています。」(104ページ) なぜならば千ポンドあれば国王は国内の治安を保つことができるし、国王が金銭をため込むことで、臣民の間でそれが不足することはないようにすることが大切だからである。この金額は自国を防衛するには十分だが、外国を侵略するのには不足しており、戦争の予防のためにはこれで十分だというのである。
 脚注によればMacarensesはギリシア語のμακαριος(幸福な)、μακαρες(幸福な人々)からの造語。μακαρων νησοι(幸福諸島)はエーリューシウムであり、エラスムスの『痴愚神礼賛』で演説した女神の生まれた島である。なお、ペンギン・クラシックスのポール・ターナーの英訳ではHappilandと訳されている。

 ラファエルの意見は、近代における「夜警(だけに専念する)国家」という主張と共通するものかもしれないが、この意見を王侯の顧問会議で提出したらどうなるかと、彼はモアとピーターに問う。たぶん、彼らはきく耳をもたないだろうというラファエルに対し、モアも同意する。「親友のあいだのうちとけた会話でならこういう観念的な哲学(フィロソフィア・スコラスティカ)も不快ではないでしょうが、大きな権威をもって大事が論じられる、君主たちの参議会では、そんなものが問題になる余地はありませんよ」(105ページ) プラトンの主張を引き合いに出して、哲学者が君主の政治に参画すべきだといっておきながら、哲学的な主張が君主たちの参議会では取り上げられないだろうというラファエルの主張を追認してしまう。〔最近の「小さな政府」という主張は、ラファエルの言っていることと似て非なるものである。なぜならば、「小さな政府」を主張する人は、福祉の増大には反対しているが、軍備の縮小には消極的だからである。〕

 「君主たちのもとでは哲学の入り込む余地はないと私が前に言ったのは」(105ページ)そういうことだとラファエルは言う。モアは、少し角度を変えて自分の主張を繰り返す。「どんな命題も通用すると考えるような観念的な哲学なら入り込む余地はありません。しかしもう一つの、もっと社会の現実生活に合った哲学があります。」(105‐106ページ) つまり会議の席で空気を読みながら演技をして、人々の意見を変えさせるような働きを演じることはできないだろうかというのである。ラファエルはそんなことをしていたら、「他人の狂気を癒そうと努力しているうちに私自身が彼らといっしょに狂ってしまう」(106ページ)のが落ちだという。自分は真実だけを語る、演技にせよ、嘘は言わないというのである。

 参議会の議員たちには、「私の話は喜ばれず迷惑がられるかもしれませんが、なぜ、ばかげた、とほうもないものと見られなきゃならないのか、私にはわかりません。もちろん、もし私が、プラトンが『国家』のなかで仮想していること、またはユートピア人たちが彼らの社会で実行していること、これらについて語った場合、いかにそれが優れたものであろうとも――事実優れているのはたしかですが――風変りに見えるでしょう。」(107ページ) なぜ、風変わりに見えるのか。ヨーロッパ社会では各人に私有財産があるのに、ユートピアではすべてが共有だからだという。

 しかし、「もしも人間の歪んだ生活風習のために風変りに映ることをみな途方もなくばからしいとして捨てねばならないなら、キリストが教えたもうたことの大部分を、私たちはキリスト者たちの間でそっと隠しておかなければなりません。」(108ページ) ここには福音書の伝えるイエスの教えに忠実であろうとしているという意味での福音主義者(現代社会で福音主義者と呼ばれる人とは、区別されるべきである)であるモアが、ラファエルの言葉を借りて、彼の時代のキリスト教信仰の実態と聖書の教えとの乖離に人々を気づかせようとする意図が込められていると見るべきである。
 ルターが「95か条の提題」を掲出して宗教改革の口火を切ったのは1517年の10月31日、モアがラファエルと話をしたとされる年の翌翌年、『ユートピア』が発表された年の翌年のことである。誠に皮肉なことに、この1517年に、モアはヘンリーⅧ世のもとで、ラファエルがその実態を批判しまくった(ラファエルの口を借りて彼自身が批判した)参議会の会員に任じられるのである。モアとしては「もっと社会の現実世界に会った哲学」を実践に移す機会であったのかもしれないが、それは彼が考えている以上に困難な実践であったようである。

 ラファエルはモアに向かって言う:「あなたは、たとえすべてを改善することができなくても、とにかくうまくさばいて、できる限りの範囲で悪くならないように努力すべきだとお考えのようですがね。」(109ページ) そのような現実的な道は、モア自身を堕落させることになるだろうとさえいう。それに「あの紆余曲折の道では、どんなことであれ、改善まではなかなか行きつけません。」(109ページ) 自分の望ましいと思う生き方はできない、社会もよくならない、虻蜂取らずだというのである。

 こうして、ラファエルの話は一方で、彼が王侯に仕えてその政治を助けるという意思はないことをはっきりさせ、もう一方で彼が見聞したユートピアの、彼にとって理想だと思われる制度について語る方向に進んでゆく。
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