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フローベール『感情教育』(5‐7)

2月24日(土)晴れ

 1830年の七月革命で成立したオルレアン家の立憲王政は、旧勢力と資本家層の妥協の上に成り立っており、ユゴーが「レ・ミゼラブル」で描いた1832年の六月暴動にみられるように、その内包する矛盾、とりわけ労働者を中心とする民衆の不満によって常に一触即発の危機をはらむ体制であった。
 この物語はそのような時代背景の下、1840年の秋に法律を学ぶためにパリに出てきた旧家の跡取り息子フレデリック・モローを中心に、夢想家で芸術に関心があるフレデリックとは対照的に現実主義的で努力家だが彼と仲のいいデローリエ、豪農の息子で立身出世を夢見て勤勉に努力しているマルチノン、貴族の末裔でやさしいが少し間が抜けているシジー、演劇界での成功を夢見ているユソネらの学生、店員をしているデュサルディエ、理想と理論に走ってなかなか絵を描こうとしないぺルラン、復習教師をしながら社会変革を夢見ている社会主義者のセネカルたち若者の群像を描き出している。
 フレデリックは帰省の途中で知り合った画商アルヌーの美しい夫人に恋心を抱き、彼女への思いを募らせる。デローリエは彼の関心をよそに向けさせ、もっと現実的な人生を歩ませようとする。郊外の別荘で開かれるアルヌー夫人の誕生日の晩さん会に招かれたフレデリックはアルヌーの愛人であるヴァトナ嬢からの手紙を預かって出かけ、それを見たアルヌーはその夜のうちにパリに戻るという。食後、集まっていた人々が別荘の近くを散策する折に、フレデリックはアルヌー夫人と二人で話をすることができた。

 「二人はまわりで皆のしゃべっていることについて話した。夫人は弁舌すぐれた人をえらいとほめる。彼は作家としての栄誉のほうをむしろよしとする。だけど、自分でじかに大勢の人間を感動させ自分の心のあらゆる感情を他人に伝えることができたら、そのほうがはるかに強い喜びを感じられるにちがいない、と彼女はいった。フレデリックはそういう成功には大して心をひかれない、自分には大きな野心などどうせないのだから。
 「あら、どうして? 少しは野心ももたなければ」
 窓のすぐそばに二人は並んで立っていた。眼の前には銀をちりばめた大きな暗い帷(とばり)のように夜がひろがっている。こうして二人が何か意味のある言葉をやりとりしたのは、これが初めてであった。彼は夫人の好き嫌い、そんなことまで知ることができた。彼女はある種の匂いをかぐと気分が悪くなり、歴史の書物が好き、夢のことは信じる性分、そんなことまでも。
 彼は感情に関した出来事を話してみた。彼女は恋から生じた不幸には同情し、偽善的な卑しい行為には心から憤った。こうしたまっすぐな気性は彼女の顔の端正な美しさとよく調和して、その美しさも心からしみ出しているかと思われた。」(136-137ページ)

 こうして二人きりで話すことができ、彼女をよく知ったことで、フレデリックは夫人への思慕をさらに強いものとする。晩さん会にやってきた人々が帰った後、フレデリックとユソネはアルヌー氏の馬車に同乗してパリに帰ることにする。アルヌーとユソネは御者台に座り、フレデリックは娘のマルトを抱いたアルヌー夫人と並んで座る。アルヌーがバラの花束を夫人に差し出すが、馬車が出発した後で、アルヌー夫人はそれを窓から捨ててしまい、フレデリックに黙っていろと合図する。アルヌーが不注意な運転をしたので、ブローニュ森の真ん中で迷ってしまうが、やがてパリに戻る。ユソネと、続いてフレデリックは馬車から降りる。アルヌーは妻と別れて、大通り(ブルヴァール)方面にゆっくりと歩いて行った。

 その後、フレデリックは身を入れて勉強に取り組み始める。自分が法廷で熱弁をふるい、傍聴席でアルヌー夫人が感動しながらそれを聞いていることを空想しながら。
 「そういう空想が、灯台のように、彼の生活の水平線上に光を放って輝いていた。彼の精神は刺激されて、一層活発に、強くなった。8月までじっと家に閉じこもって、最後の試験に合格した。」(141ページ)
 フレデリックのこの変わりようと成功にデローリエは驚き、昔、彼が抱いていた希望をよみがえらせる。フレデリックが代議士に、さらには大臣になり、また彼が相続するはずの遺産で新聞を創刊するというものである。デローリエ自身は、法科大学の教授の職を心掛けている。彼の学位論文についての諮問は、大いに好評であった。

 3日後、フレデリックの論文が通過した。休暇の帰省をする前に、土曜日の会合の最後の会としてピクニックを思いついた。フレデリックはアルヌー夫人と間もなく会えるし、いずれは恋人になるという気がして明るい気分であった。デローリエも、オルセーの青年弁護士討論会に入会を許されて、演説をしたところ好評を博したということで、上機嫌になっている。「みんな陽気だった。シジーは法科を卒業はしない。マルチノンは地方でしばらく見習いをして、やがて検事に任命されるのを待つ。ぺルランは《大革命の精神》を象徴する大作に取り掛かろうとしており、ユソネは来週、デラスマン劇場の支配人に自作脚本の筋書きを聞いてもらうはずで、彼はその成功を決して疑わなかった。」(142ページ)
 その中で寄宿塾で教えていたある貴族の息子を殴ったことで、追い出されたセネカルは渋い顔をしていた。「暮らしの苦しみが加わるにつれ、彼はそれを社会制度のせいにして、金持ちを呪っていた。」(143ページ) そして、夢破れて陰気になり、気難しい人間になっているルジャンバールと、それぞれの憤懣をぶちまけていた。
 会の終わりに、フレデリックはユソネからアルヌー夫人がシャルトルの母親のもとから帰ってきているはずだと知らされる。

 第1部の5がいやに長引いているが、次回(5-8)で終わる。この後、フレデリックの運命が急転するが、それがどのようなものであるかは読んでのお楽しみということにしよう。今回の終わり近くで、若者たちが夢を語り合うが、物語の展開の中で、夢を実現できるものもいるし、そうでないものもいる。思い描いていたのと違う人生を歩むがそれなりに成功する人間もいるし、思い描いていた人生から外れてどんどん別の方向に転落していくものもいる。その中で、フレデリックだけが人生の設計をするよりも、アルヌー夫人への恋心のほうを優先させているのは気になるところである。いずれにしても、私が大学を卒業するころに考えていたこと、またそのころの友人たちの夢や希望を思い出してよんでいたので、余計この箇所の感興が増した。 
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