FC2ブログ

島岡茂『英仏比較文法』(3)

2月23日(金)曇り、午後になって晴れ間が広がる

 インド=ヨーロッパ語族の中のゲルマン語派に属する英語は、ロマンス語派に属するラテン語、フランス語の影響を受けながら、現在の形をとるようになった。この書物はそのような変化の姿を、文法だけでなく語彙や発音の変化も視野に入れて歴史的にたどるものである。
 英語のもとになる言語を話していたアングロサクソン民族はヨーロッパ大陸に住み、南のほうから勢力を拡大してきたローマ人たちと接触して、その影響を受けた。この時代にラテン語から英語に入ってきた語彙は生活にかかわるものが多く、ローマ人から(アングロサクソン民族を含む)ゲルマン人たちがどのような施設や品物を取り入れたかがわかる。
 例えばパンを意味する英語はbread、ドイツ語はBrotであり、ラテン語起源ではないことから彼らがすでにパンを知っていたことがわかるが、チーズやバターはラテン語起源の言葉が使われていて、ローマ人の暮らしから影響を受けたことがわかる。

 ゲルマン民族の大移動の一端として、アングロサクソン民族がブリテン島に移った際に、すでにこの島に住んでいたケルト民族を通じて借用した語彙がある。英語のcup、フランス語のcoupeはラテン語のcuppaに由来する。ドイツ語、オランダ語などの大陸の西ゲルマン語の場合は、ラテン語から直接借用したもので、英語のようにケルト経由とは限らない。
 英語もフランス語も同じ杯・カップの意味を持つが、英語が持つ「茶碗」の意味はフランス語ではアラブ慶のtasseに移ってcoupeにはない。ドイツ語のkopfは形の類似から「頭」になり、本来の「杯」の意味は失われている。「茶碗」はフランス語と同じTasseである。なお日本語の「コップ」はオランダ語のkopから来たといわれる。
 この書物には、cup, coupeに対応するイタリア語としてcoppaが挙げられているが、『プリーモ伊和辞典』によると、coppaは「(脚付きの)杯、カップ、グラス」「トロフィー」の意味であり、普通のコップに相当するのはbicchiereである(この辞書の139ページにbicchiereのさまざまな種類が図で示されていて、参考になる。) また「デミタス・カップ」という意味でtazzinaという語がつかわれている。またスペイン語としてcopaが挙げられているが、『現代スペイン語辞典』によると、これまた「(脚付きの)グラス」「トロフィー」という意味で、tomar una copa de jerez(シェリー酒を一杯飲む)という用例が載せられていた。やはりcopaという語には、コップ一般という意味はないようである。

  ラテン語で「酒杯」を意味するpottusは英語のpot、フランス語のpotとなり、双方ともに「びん・つぼ・なべ」など、金属やガラス・陶器などで作られた容器を総称する語である。pottusは語源不明の俗ラテン語で、ここから派生した語として、イタリア語のpotto、スペイン語のpoteが挙げられているが、「あまり使用されていない」(18ページ)とも記されている。『プリーモ伊和辞典』にはpottoという見出し語はなく、この辞典の巻末についている「和伊語彙集」によると、イタリア語で「びん」はbottiglia、「つぼ」はvaso、またはanfora、「なべ」はpentolaである。anforaというのは古代ギリシア・ローマの両手付きの壺のことだそうで、一般には使わないらしい。一方、『現代スペイン語辞典』ではpoteの意味として、①「壺」、②「植木鉢」、③「〔鉄製で三脚のある〕鍋;〔それで作ったアストゥリアス・ガリシア地方の〕ポトフーに似た料理〔cocido]」とあり、使われない語ではなさそうである。〔そういえば、昨年の12月8日に放送された『まいにちスペイン語』応用編「ウリョーアの館」第2回にcocidoという料理が出て来ていた。機会があったら、一度食べてみたい。〕

 「猫」を意味するラテン語はfelisであったが、俗ラテン語のcattusにとってかわられ、英語のcat、フランス語のchatは言うまでもなく、ドイツ語のKatze、オランダ語のkatなどゲルマン諸語でも広く使用されている。cattusが現れたのは5世紀ごろであるから、英語に導入されたのはアングロサクソン民族のブリテン島移住後のことである。

 「7世紀以後、主としてキリスト教の布教に伴って大陸から移入された文化一般に関するラテン語も少なくない。これらの多くは古い借入語と異なり、書き言葉として書物を通して移入されたものである。」(18ページ) 〔本題と直接関係がないのだが、日本に仏教が入ってきたのは6世紀のことであるから、ブリテン島にキリスト教が入ってきたよりも古いことになる。この時仏教と一緒に日本語に入ってきた仏教関係の語彙は「呉音」と呼ばれる音で読まれるというのも興味深い。もっともそれぞれがどのような形で普及・定着していったかも考えずに単純に対比しても、意味はないかもしれない。〕
 「学校」を意味するラテン語のscholaは英語のschool、フランス語のécole、「修道僧」を意味するラテン語のmonachusは英語のmonk、フランス語のmoine、「天使」を意味するangelusは英語のangel、フランス語のangeとなった。 「これらのラテン語の多くはギリシア語に由来するものだが、近代語に借用されたものはすべてラテン語の形を受けたものである。」(19ページ)
 「学校は」ドイツ語ではSchuleという。字で書くと似ているが、英語は「スクール」、ドイツ語は「シューレ」というような読み方になる。英語でも「シュ」という音は昔はよく使われたので、「スク」という発音は、7世紀以後、キリスト教布教に伴って導入されたことを示しているそうである。なお、オランダ語ではschool、イタリア語ではscuola、スペイン語ではescuelaという。(島岡さんはご丁寧にもルーマニア語まで示しているが、表示できない文字が使われているので省略する。フランス語とスペイン語で語頭にeがつくことになった事情についても省略する。)
 「修道僧」を意味するmonachusも「ギリシア語から出ているが、俗ラテン語ではmonicusとなり、英語・ドイツ語(Ḿönch)はiを落として今の形をとった。フランス語では古いmonieが音位転換によって今日のmoineになった。オランダ語ではmonk、イタリア語ではmonaco、スペイン語ではmongeという。〔ということで思い出したのだが、ドイツのミュンヘンのことを、イタリア語ではMonacoという。〕
 「天使」を意味するドイツ語はEngel、オランダ語はengel、イタリア語はangelo、スペイン語はangelである。アメリカのロサンゼルスは、スペイン語起源の地名で昨年12月12日放送の『まいにちスペイン語』の「ラテンアメリカの街角」のコーナーでLos Ángelesとして紹介されていた。
 「これもギリシア語からラテン語を経て西欧に広がった。古英語では今日のドイツ語と同じengelの形をとっていたが、中英語の時期にフランス語angeleの影響で今のangelになった。」(同上) 発音も古い英語ではgeを「ゲ」のように発音していたのが、フランス流に「ジェ」というようになった。現代フランス語のangeの形は中仏語の時代に末尾のelを落としたものである。ローマのキリスト教信者の中には、ギリシア語起源の単語を使うことを潔しとしない人がいて、angelusではなくnuntiusという語を使ったが、一般的にならなかったということを小林標さんが『ラテン語の世界』(中公新書)の中で書いている(235ページ参照)。

 もともと同じラテン語が一方は直接英語に入り、他方はフランス語を経由して英語になったために、それぞれ意味が違うという例もある。たとえば、ラテン語のmoneta (モネータとeを長く発音する)は古代ローマ神話の女神ユノの神殿で、そこで貨幣を鋳造したところから、それを鋳造する場所、鋳造された貨幣を意味するようになった。ラテン語から直接英語に入ったmintは「造幣局」、フランス語を経由して英語になったmoneyは「お金」を意味する。
 また12分の1という微小な大きさを意味していたラテン語のunciaは、直接英語に入って長さの単位であるinchとなり、フランス語を経由して重さの単位であるounceとなった。〔今のフランスでは、ヤード・ポンド法ではなく、メートル法を採用しているので、これらの語は消えている。〕

 前回、今回、そしておそらく次回も英語とフランス語を中心に語彙の問題を取り上げることになると思うが、この問題が実は生活の問題と深くかかわっていることを改めて認識しているところである。島岡さんが書いていることを、辞書などを参照しながら、いちいち確かめながら読んでいると、新たな発見に出会う場面もあり、なかなか面白い。 
 
スポンサーサイト



コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR