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島岡茂『英仏比較文法』(2)

2月8日(木)晴れ

 この書物は、英語・フランス語という2つの言語を取り上げ、印欧(インド=ヨーロッパ)語族の中のゲルマン語派に属する英語が、どのようにして、それぞれロマンス語派に属するラテン語とフランス語の影響のもとに、現在の形をとるに至ったかを歴史的に概観するものである。英語とフランス語、ゲルマン語とロマンス語はどちらも本来は同一の言語=印欧祖語から出た2つの分派にすぎないし、一見すると無縁に見えるような語彙が結局は同一の語源につながる同一語である場合が少なくない。しかし、逆に言えば、同じ1つの語彙が、長い歳月を経て、形を変えたために、ほとんどその関連を類推できない(あるいは違う語彙が入れ替わっている)ことのほうが多いことになる。
 フランス語と英語の関連、フランス語が英語に及ぼした影響(最近では、英語がフランス語に及ぼす影響も顕著になってきているが)を研究するには、研究の範囲を、歴史的な研究の範囲内であるラテン語以降に限定することが必要がある。フランス語の影響なのか、ラテン語の影響なのか、判定しにくい場合もあるが、とりあえず、語彙の交流から議論を始めることにする。

 英語の語彙は25万、フランス語の語彙は10万といわれる。一つには英語には合成語が多く、そのおのおのが見出し語に数えられるのに対し、フランス語には合成語が少なく、同じ意味を前置詞を使って分析的に表現するからである。例えば「レインコート」を、英語ではrain-coatと合成し、フランス語ではmanteau de pluieと3つの単語で言い表す。raincoatは辞書の見出し語となるが、manteau de pluieはmanteauの項の中に入れられる。

 しかし、そういうこととは別に、やはり英語のほうが語数が多いのは間違いないようである。英語は、もともとのアングロ・サクソン系の言語に加えて、ラテン語やフランス語から多くの語彙を取り入れてきたからである。英語の25万といわれる語彙の中で、ラテン系(ラテン語+フランス語)の語彙は約50%、本来のアングロ・サクソン系の英語は25%、ギリシア系が10%、北欧系が5%といわれる。ただし、これは辞書に掲載された語彙の内訳で、日常生活で現実に使用される比率は本来の英語が55%、ラテン系は35%ということである。このことは、本来の英語は絶対数は少ないが、使用頻度の高い生活語であり、フランス語を中心とするラテン系の語彙は主として文化的な書き言葉に多いことを示している。

 島岡さんのこの書物が発行されたのが1990(平成2)年のことであり、英語の語彙は(フランス語の語彙も)情報技術の発展等の新しい変化に伴ってさらに増えているのではないかと思われる。興味深いのは、その場合でも依然としてラテン語の影響が強いことである(小林標さんがそのことを指摘している)。
 英語とフランス語・ラテン語の関係は、日本語と中国語の関係に似ている部分があるが、日本語の場合は近代になって英語その他の影響を受けて、多くのカタカナ言葉が出現したということで、また別の性格を持つことになった。また、以前は中国語から日本語へと語彙が流入していたのに対し、近代以降は逆の流れが生じているのは英語とフランス語の関係以上に強い傾向ではないかと思う。さらに言えば、日本製漢語とか、日本製「英」語というのもできてきていて、英語よりも日本語のほうが複雑なところがあるようである。

 このようにラテン系の語彙は、英語の語彙の半ばを占めているが、その大部分が12世紀以降(ノルマンの征服以降)フランス語を通じて移入されたものであるが、祖よりはるか以前にラテン語から直接古英語に取り入れられた語彙も少なくない。
 もともとブリテン島にはケルト系の民族が住んでおり、その名残が、ウェールズやスコットランドにみられるが、ユリウス・カエサル以後、ブリテン島の一部はローマの領土となった。スコットランドはローマに征服されなかったので、自分たちは独立を奪われなかったとそれを自慢にしている。だから英国にはローマ時代の遺跡がある。そして、住民であるケルト人たちの間にもラテン語は浸透し、一部は外来語としてケルト語の中に取り入れられた。

 まず飲食物についてみると、パンのようにローマ以前から存在していたものはbreadというように、ゲルマン語が残っている(ドイツ語ではBrotである)。ところが古代ゲルマン人が持たなかったチーズ、バター、胡椒などは、ぶどう酒とともにラテン語から借用された。
 チーズはラテン語ではcaseusで、フランス語のfromageは俗ラテン語のcaseus formaticus(型製チーズ)の省略形だそうである(チーズが消えて、型製のほうが残ったということらしい)。これはまあ例外で、今日ロマンス・ゲルマン諸語の多くはcaseusの系列の語を使っている。英語はcheese、ドイツ語はKäse、オランダ語はkaas、イタリア語はcacio(と書いてあるけれども、formaggioのほうが一般的ではないか)、スペイン語はquesoといった具合である。
 バターはギリシア語でboutyronといったのが、ラテン語に入ってbutyrum(uは長音)となった。英語でbutter、ドイツ語でButter、オランダ語でboter、フランス語でbeurreイタリア語でburroというのはラテン語から出たものである。スペイン語でmantequillaというのは俗ラテン語のmantaicaから出たもので、古い地中海民族が残した語といわれる。
 胡椒piperももともとはギリシア語であるが、バターの場合と同様に、ラテン語からほかの言語に入った。英語ではpepper、ドイツ語ではPfeffer、オランダ語ではpeper、フランス語ではpoivre、イタリア語ではpepe、スペイン語ではpebreである。
 ワインもヨーロッパでは古代から飲まれていた飲み物らしいが、言葉としてはラテン語のvinum(iは長音)がもとになっている。英語ではwine、ドイツ語ではWein、オランダ語はvijn、フランス語はvin、イタリア語はvino、スペイン語はvinoである。

 このようにローマ帝国の領土であったところで、ローマ人によって持ち込まれた飲食物にはラテン語に由来する単語が使われるようになったということらしい。もっとほかの飲食物の例を探っていくと、面白い発見がありそうな気がする。なお、ビールの場合、フランス語とイタリア語ではゲルマン系の言葉が使われていて、ラテン語の形を残しているのはスペイン語とポルトガル語だけのようなので、これも面白い例ではないかと思っている次第である。
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