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フローベール『感情教育』(5‐4)

2月3日(土)曇りのち晴れ

これまでのあらすじ
〔1から4まで〕
 「ある青年の物語」という副題を持つこの小説は、19世紀前半のフランス(七月王政の後半から二月革命を経て、第二帝政の前半まで)を生きた青年たちの姿を描いている。主人公であるフレデリック・モローは地方の没落しかけた休暇の一人息子で、母の期待を背負ってパリで法律を勉強しようとしているが、本人は夢想家肌で芸術に関心を抱き、たまたま知り合った画商の夫人である美しいアルヌー夫人に恋をしている。アルヌー家の晩餐に招待された彼は有頂天になる。
〔5〕
 彼の高校時代からの友人であるシャルル・デローリエは現実主義者の努力家で法律家を目指し、郷里からパリに出てきてフレデリックと同居生活を送るようになったが、フレデリックのアルヌー夫人への思いを断ち切ろうと、友人たちを招いて集まりを持ったりして彼の考えをほかの方面に向けようとしている。この集まりには保守的で出世主義者のマルチノン、演劇に関心を持つユソネ、おとなしく世間知らずの貴族シジー、高い理想を抱き努力を重ねてはいるが傑作といえるような作品を描けない画家のペルラン、社会主義者のセネカル、ユソネとフレデリックが暴動の際に知り合った労働者のデュサルディエ、アルヌーの友人で得体のしれない人物のルジャンバールなどが集まってくる。
 フレデリックは大学での2度目の試験に落第し、そのままパリに留まることにするが、アルヌー夫人が母親の病気の看病のために帰省していて、会うことができない。アルヌーがそれほど再起のある男ではないと、彼に対する失望の念を抱くが、夫人に対する恋心は募る一方である。

 11月末のある日、フレデリックはアルヌーから夫人が戻ってきたという知らせを受け、翌日、会いに出かける。彼女の母親は思ったほど重症ではなかったようである。フレデリックにはうまく自分の気持ちを告げることができない。
 「法律などを勉強しなければならないのでと愚痴をいうと、彼女は顔を下に向けて≪そうね……わかりますわ。訴訟のことなど……≫そうこたえて、急に何か考えこむように、顔を伏せた。
 その考えごとがなんであるか、彼は知りたくてたまらない。気になってほかのことが頭に浮かばないほどだった。夕方の影が二人のまわりを濃くつつんできた。」(109-110ページ)
 フレデリックは外出するという夫人とともにパリの街を歩く。彼女はリシュリュー通りの陶器店の前で足を止めて、彼に別れを告げ、また木曜日の晩さん会に来るようにと彼を招待する。

「このひとをじっと見ていると、あまり強い香水を使ったときのように、なにか気持ちがぼうっとしてしまう。その印象が彼の気質の奥底までしみとおっていって、何かにつけての感じ方、新しい生活仕方のようになってしまった。
 ガス灯の光の下で生きあう娼婦、ふるえ声で歌う女歌手、早駆けでゆく乗馬の婦人、歩いてゆく町家の女たち、窓際にのぞいている浮気娘、どの女を見てもこれは似ている、または似ていないと思って、結局あのひとを思い出すたねになった。・・・パリの町全体があのひとの一身に何かかかわりをもっていた。そしてこの大都会がそのもっているありたけの声をあつめて、巨大な交響楽のように、あのひとのまわりに音をたてていたのである。」(110-111ページ) 相当重症である。

 晩餐会が開かれ始める。フレデリックは自分の思いをどのように打ち明けるか、どうすればよいのか思い悩む。なぜか、彼の思いはプラトニックなままである。
 「ひとつ、われながら不思議なことがある。それはアルヌーに少しも嫉妬を感じていないことだ。彼は着物をきているふうにしか、あのひとを思いうかべることができない。それほど、羞(はじ)らいはこのひとにぴったり身についたものという気がして、性が神秘な影のうちにかくれてしまっていた。」(113ページ)

 フレデリックが思い悩んでいるのを見かねたデローリエが、どうしたのだと尋ねるが、フレデリックは神経のせいだというばかりである。心配したデローリエは元気づけてやろうとする。〔フレデリックはぼんやりと思い悩んでいるが、それはそれで幸福な悩みなのだから、そのままにしておけばいいのに、余計なことをするという感想がある。周囲の人間が余計な世話を焼くものだから、人生の計画が壊れたり、不幸に陥ったりする例は少なくないようである。〕

 現実主義者のデローリエは、他の仲間とともに、女遊びに出かけようと持ちかける。『一人の女を失えば、かわりに四人見つかる、っていうじゃないか。わる堅い女にぶつかったら、ほかのでうめ合せをつけりゃいい。世話してやろうか、女を? 「アルハンブラ」へ行きゃいいのさ」(114ページ)。アルハンブラというのは、シャン=ぜりぜーの先に開かれた踊り場であった。
 2人は、ルジャンバールとセネカルを誘わずに、ユソネとシジーとデュサルディエだけを連れて行くことにした。

 到着すると、異国情緒豊かな建物の中に、様々な人間が集まっていた:
「学生たちが女をつれて歩き、雑貨屋の店員はステッキを指の間にはさんで、見よがしに通ってゆく。高等学校の生徒が上等葉巻(レガリア)をふかし、年寄の独身者は染めたひげを櫛でなでつけている。イギリス人、ロシア人、南米人もおれば、赤いトルコ帽をかぶった東洋人も三人いた。町の娘、お針娘らしいの、娼婦などもいい旦那、恋人、または一枚の金貨を手に入れるためか、でなければただ踊りを楽しむだけに来ていた。そして、水色、青色、桜色、黄色とりどりの薄上衣をつけた衣装が黒檀やリラの間をちらほら動きまわっていた。男はたいてい碁盤縞の服を着ており、夜の涼しさにもかまわず白ズボンなどはいたのもあった。ガス灯に火がともった。」(115ページ)

 こういうところへやってくると、遊びなれているユソネが一番調子がいい。デローリエは口ほどのこともない。シジーとデュサルディエはおとなしく、ぶらぶら歩きを続けている。シジーは「女たちをちらちら横目でぬすみ見しながら、店員にいくらおだてられても、話しかけることができない。ああした女の家にはかならず≪ピストルをもった男が衣装箪笥にかくれていて、不意に踊りだして為替手形に署名させたりする≫ものだと思いこんでいるのだ。」(116ページ) そういうことを心配するのであれば、ついてこなければいいのに、やってくるところがこの人物らしい。

 デローリエが余計な心配をして、余計な画策をするから、話が妙な方向にそれ始めた。登場人物の性格と行動がなかなか見事に描き分けられているところに、作者フローベールの描写力の冴えを感じる。それはどうと、フレデリックはどこで何をしているのか? それはまた次回に。 
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