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蒙以養正

6月7日(金)曇り後晴れ

 5月28日の当ブログで柳沼重剛『語学者の散歩道』について触れたが、この語学エッセー集の最後に「河野與一先生のこと」と題して、こんな話が出てくる。

 河野與一(1896-1984)は東北大学の先生をやめて岩波書店の顧問になってその出版事業を助けただけでなく、岩波文庫のために自ら『プルターク英雄伝』や『アミエルの日記』を翻訳した、博識かつ語学の達人として知られる。

 柳沼さんはこの碩学の晩年に面識を得たのだが、河野との交流の中で忘れがたい逸話があるという。河野があるとき一橋大学の教授で西洋中世史学者の上原専禄(1899-1975)を訪問した。上原の居宅の玄関には木の板にLUDUS LITTERARUM ET ARTIUMと書かれた木の板が掲げてあった。強いて訳すと「学芸闘技場」ということになるだろうか。「その文字がもううすれかかっているのは、この看板が昨日や今日出されたものではないことを語っているわけで、もう長いこと自分の家を『学芸闘技場』と称している」(研究社出版版、267ページ)主人の心意気に感心しながら、さて、座敷に通されて上原を待つ間、ふと扁額に目がいく。

「『蒙以養正』とある。これは『易経』だったなと河野先生は思う。そしてこの4文字の意味をいろいろに考え、・・・『人間ほどほどに馬鹿な方が本当だよ。』 うん、これはいいじゃないかと面白がって、ふと気がついて全部音読みで通して読んだら、『モウイイヨセ』だとさ、というのだ」。(同上) 著者も書いているように、これほど見事な学問の遊びはめったにあるものではない。和漢洋の学問に通じた河野與一が一本取られた形だが、逆に言うと彼だから一本取られたと思ったわけで、それほど学識のない人には何のことか全く分からないだろう。

 『語学者の散歩道』はこのエピソードを紹介して終わっているのだが、私はまだまだこのブログを続けるつもりである。河野與一にも、上原専禄にも、柳沼重剛にも遠く及ばぬものの、なんとか「ほどほどに馬鹿」だというところまで漕ぎつけたいものである。
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