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日記抄(12月28日~31日)

12月31日(日)朝のうち雨が降ったらしい。午後になっても、雨が降りかけたりしたが、大体は曇り、時々薄日が差した。

 12月28日から本日までの間に、経験したこと、考えたこと、前回の補足など。
12月26日
 アリ・ブランドン『書店猫ハムレットのうたた寝』(創元推理文庫)を読み終える。ブルックリンにある書店の経営(と店に居ついている黒猫のハムレット)を大叔母から引き継いだダーラは店を改装してカフェ・スペースを設けたばかりのところである。独立記念日に地域の仲間とブロック・パーティーを企画するのだが、そのさなか、コーヒー・ショップの店主の妻が死体で発見される。翌日、また次の死体が…。例によってハムレットが事件の手掛かりとなる情報を、書架から本を落とすことで伝えようとしているらしいのだが…。アメリカの都市生活の断面がよくとらえられ、登場人物の描き分けもしっかりしているが、事件が解決されていく過程に少し無理があるようにも思われる。このシリーズあと1作で完結するのだそうだが、どんな終わり方になるのだろうか。

 さらに、林屋辰三郎『南北朝』(朝日新書)を読み終える。林屋は私の亡父より1歳年長で、私から見ると1世代上の研究者で、1991年に朝日文庫から出版された書物の新書化である(ふつうは、逆だと思う)。南北朝時代を4期に分けて、①建武新政府の成立を最後とs知恵、王朝権力の没落する過程、②武家幕府の中枢部の分裂によって、南朝の側からも天下一統が期待できた時期、③守護勢力の狂歌によって権力が分散し、やがて再編される過程、④国内統一の完成期としている。そして、①の時代の代表的な人物として結城宗広、楠木正成、足利尊氏を、②の時代を代表する人物として後村上天皇を、③で活躍する守護勢力の典型として佐々木道誉を、④については足利義満を選んで、人物私的にこの時代の歴史を概観している。同じ著者の『佐々木道誉』(平凡社ライブラリ)と共通する部分もあり、違う部分もあって、興味深い内容が展開されている。

12月27日
 『朝日』の朝刊のコラム「後藤正文の朝からロック」の「「ほんとうの日本」を書き記す」という文章の中の「教科書に載ることの少ない庶民の歴史と、ロックなどの大衆音楽には共通項があるのではないかと感じる」という意見が面白かった。文字による記録を残すことができない民衆の生活や意見をどのように掘り起こすかも歴史研究における重要な課題である。

12月28日
 NHKラジオ『まいにちスペイン語』応用編「スペイン文学を味わう」はエミリア・パルド≂バサン(1851-1921)の『ウリョーアの館』(Los Pazos de Ulloa)の第7回。選挙戦は最後までもつれ、ウリョーア侯爵は自陣から裏切り者が出たために敗北する。その裏切りの黒幕は、侯爵の猟師頭で執事も務めているプリミティボであることがわかり、彼の命が狙われる。侯爵が当選すれば館から離れられると思っていた彼の妻、ヌチャは館から逃げ出そうと、礼拝堂付き司祭のフリアンに相談を持ち掛けるが、その様子をペルーチョに知られる…。

 NHKラジオ『まいにちドイツ語』応用編「ベルリン――変転する都市」はドイツの再統一がつまるところは西ドイツへの東ドイツの吸収合併だったということから生まれた微妙な感情のずれがどのように克服されてきたかに関連して、「オスタルギー」(Ostalgie=東ドイツの日常生活に対する郷愁に基づいた関心)をめぐる話題が取り上げられた。旧東ドイツ時代の交通信号機の歩行者信号であったアンペルマン(Ampelmann)が救済の市民運動の結果、ベルリンの新しいシンボルとして定着するに至ったこともその一例である。
 ドイツ再統一直後には、「オッシー」、「ヴェッシー」という言い方がされたそうだ。アメリカの「ヤンキー」、「ディクシー」というのを思い出す(辞書には使ってはいけないという注意書きがあるはずである)。

12月29日
 『まいにちスペイン語』は、『ウリョーアの館』の最終回。祖父が殺される場面を見たペルーチャは、このままだと館の皆が殺され、自分が可愛がっている赤ん坊も命が危ないと思い、その命を救おうと懸命に奔走する…。
 1860年当時のスペイン(ガリシア)の社会の状況を反映して、物語は時代がかった感じがするが、人物や出来事の描写力には感心させられる。自然主義ということでは、島崎藤村の『夜明け前』などと比べてみるのもいいのかもしれない。

 「まいにちドイツ語」は「ベルリンは多文化的」(Berlin ist multikulti)として、その約350万人の人口のうち約18パーセントが外国人であり、その出身地は全部で世界190か国に及んでいることが紹介された〔国連の加盟国がたしか193か国だから、大したものである。東京はどのくらいだろうか?〕 20年前から毎年、聖霊降臨祭の時に行われている「文化のカーニバル」のパレードには様々な国のいろいろなグループが屋外でダンスや音楽、曲芸を披露しているという。ドイツの一部で反移民運動が活発しているが、ベルリンではこれまでそうした外国人排斥運動の目立った動きは見られないという。カーニバル文化の伝統がなかったベルリンで、「文化のカーニバル」が定着してきているのは注目すべきことである。

 『まいにちイタリア語』応用編「原文で読む古典の楽しみ」ではルドヴィーコ・アリオスト(Ludovico Ariosto, 1474-1533)の「狂乱のオルランド」(Orlando furioso)の一部を読んできたが、その最終回。アンジェリカへの恋に破れて狂乱状態になっているオルランドを正気に戻そうと彼の友人で天馬を操る騎士アストルフォが、福音の聖ヨハネの助けを借りて、月の世界に保存されている彼の正気をとりもどしに出かける。このスケールの大きい幻想的な物語は、最後はめでたしめでたしで終わるのだが、SF風になったり、当時の社会を風刺した個所などもあって読み応えがありそうだ。
 最後に「読者」として、同時代の錚々たる宮廷人が勢ぞろいして、公開を終えようとするこの物語を出迎えるという幕切れになるのだが、その中にマキャヴェッリの名前がなく、マキャヴェッリ自身も友人への手紙の中でそのことに不満を述べているそうである。また、出迎える「読者」の中にヴィットリア・コロンナ(Vittoria Colonnna ,1490/92-1547) の名が見いだされるが、ミケランジェロの心の恋人として知られる女性である。

 丸山真男『日本の思想』(岩波新書)を読む。いまさら何を…という方もいらっしゃると思うが、Late better than never.ということわざもある。

12月30日
 司馬遼太郎『街道を行く7 甲賀と伊賀のみち、砂鉄のみちほか」(朝日文庫)を読む。島根県から岡山県へと向かう「砂鉄のみち」の旅が特に興味深かった(私も日本の製鉄史には興味があるのである)。旅の様子の描写は平凡なのだが、司馬の豊富な歴史的知識と、人間をめぐる想像力とによって読み応えのある紀行文になっている。

12月31日
 ニッパツ三ツ沢球技場で第96回全国高校サッカー選手権1回戦、山梨学院高校対米子北高校、仙台育英学園高校対高松商業の試合を観戦する。
 第1試合は力で押そうとする山梨学院に対し、パスを着実につないでいく米子北高校との対戦。山梨が先制点をあげるが、米子が、前半のうちに追いつき、後半に加点して逆転勝ちした。セカンド・ボールを確保する割合が高かったこと、守備が固かったことが勝因ではないかと思う。第2試合は勢いの仙台と伝統の高松というような一戦で、前半は仙台が2点を先取したが、試合運びが荒っぽく、時々カウンターを食らっていたのが気になった。後半、仙台のミスに乗じて高松が2点を挙げて追いついたが、アディショナル・タイムに仙台がセット・プレーのチャンスを生かして辛くも勝利した。仙台の佐藤選手がハット・トリックを記録した。2試合ともに見ごたえのある試合であったが、負けたチームの選手の皆さんは悔しかっただろうと思う。それでも全国にこられたことを誇りにして、今後の人生を歩んで行ってほしいものである。

 今年1年、このブログにお付き合いを頂き、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
 それではまた、よいお年を! 
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 新年あけましておめでとうございます。いつもブログ拝見しています。本年もよろしくお願いします。
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