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田中啓文『俳諧でぼろ儲け 浮世奉行と三悪人』

12月17日(日)晴れ

 12月16日、田中啓文『俳諧でぼろ儲け 浮世奉行と三悪人』(集英社文庫)を読む。16日といっても、実際は17日の午前3時ごろまでかかって読み終えたのである。おかげで、翌朝は起きるのがつらかった。

 幕末の大坂の町、高麗橋筋と今橋筋の間にある「浮世小路」に住んで竹光屋(真剣そっくりの竹光をこしらえて売る商売)を営んでいる雀丸は、もとは奉行所の与力であったが、父母の死後、故あって武士を廃業、この仕事を始め、「蟹のご隠居」などとあだ名されている元気な祖母と二人暮らしを続けている。ところが、ある日、武士たちに取り囲まれて困っていた老人を助けたことから、その老人の仕事である横町奉行を引き継ぐことになってしまった。横町奉行というのは奉行所にお願いしていたら時間がかかって仕方がないような庶民のもめごとを民間の知恵で解決しようと私設された役職(?)である。普通は経験豊かな老人が引き受けているのだが、幕末の諸事多難なおり、若い雀丸の方が適任ではないかという先代のたっての要望での就任である。

 雀丸の仕事を助けるのが、表向き悪徳商人(裏もやはり、かなり悪徳商人)の豪商・地雷屋蟇(ひき)五郎、四天王寺に近い口縄坂に一家を構え、子方たちを従えて侠客の看板をあげている女伊達の鬼御前、「葷酒山門に入るを許す なんぼでも赦す」という石柱を山門の横に立てて臨済宗の本山から縁切りをされた、酒好き、からくり好きの生臭坊主大尊和尚。いわゆる三悪人。この3人は先代からの引き継いだ顔ぶれであるが、このほかに、奇妙な格好で街をうろつきながら、おもしろい嘘で酒席を盛り上げる「嘘つき」の芸人の夢八が雀丸に貴重な情報を提供してくれる。さらに雀丸の猫友である東町奉行所同心皐月親兵衛の娘・園も情報源となることがある。

 ということで、雀丸が横町奉行の仕事を引き受けるに至るまでに起きた様々な事件を描く短編(というよりも中編に近い)小説集が前作(シリーズ第1作)『浮世奉行と三悪人』の概略である(雀丸が浮世小路に住んでいることから、世人は横町奉行とも浮世奉行ともいったという)。今回は、いよいよ横町奉行としての仕事ぶりが本格的に描かれる。と、思いきや、彼の元に持ち込まれたのは近所に住む浮世絵師の長谷川貞飯の家の夫婦げんかで、理由はというと、美人画はだめだが名所絵ならばなんとかなるという貞飯に絵の買い手がついて、懐が豊かになってきているのを、貞飯の妻が浮気と思っているということである。絵の注文主は三悪人の一人である地雷屋蟇五郎だという。そのうち、貞飯が所在不明になる。地雷屋と連絡をとろうとすると、彼は奉行所から抜け荷(密貿易)の罪で捕らえられたという。まさか、地雷屋にかぎってそのようなことをするわけがないと、雀丸たちは事件を調べ始める・・・というのが「抜け雀の巻」。落語の「抜け雀」は5代目の古今亭志ん生が得意にした話のひとつで(志ん生の息子が9代目金原亭馬生、古今亭志ん朝と2人も落語家になっていたから余計におかしかった)、上方では「雀旅籠(はたご)」ということはこの小説を読んで初めて知った。この噺が、最後の方で行方不明になっていた貞飯救出の鍵になるのでそれはお楽しみに…。

 大坂の二つ井戸に住んでいる風狂庵現青という俳諧の宗匠が芭蕉の真筆の辞世の句を見付けたと言い出し、その句碑建立のための発句のコンテストを開催する。優勝者には百両という賞金が出るというので、雀丸の祖母の加似江、鬼御前などまで応募しようと躍起になる。当時大坂でしのぎを削っていた2人の宗匠、前川露封と滔々庵梨考はともに面目にかけても負けられない戦いとなる。一方、雀丸の身近には河野四郎兵衛という怪しげな浪人者が出没し、小林八茶という飲兵衛の俳諧師らしい老人が居候として転がり込む。さて、誰の句が優勝するのか、いや、そもそも「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」以外に芭蕉の辞世の句はあるのか…というのが「俳諧でぼろ儲けの巻」。

 大坂の町で子どもがさらわれるという事件が頻発する。さらわれた子どもが金持ちの子とは限らないこと、したがって奉行所に届けるとろくなことがないぞという脅し文句とともに要求される身代金が多くはないこと、身代金を払っても子どもは返ってこない(一軒だけ帰ってきたという家がある)ことなど、不思議な共通点が多い事件である。そういえば、さらわれたのは男の子だけだったのが、これも一軒だけ女の子がさらわれたという家がある。事件は奉行所の知るところとなり、皐月親兵衛が解決を命じられる。その一方で雀丸もこの事件を知り、ひそかに事情を探っていくと、さらわれた子どもたちには共通の身体的な特徴があることがわかる…というのが「あの子はだあれの巻」。

 実際に起きた事件や実在の地名・人名を巧みに織り込んで、虚構の事件が展開していくのが、田中啓文の作品の特徴である。この作品の時代は「幕末」であると書いたが、雀丸が武士をやめ、河野が浪人をする遠因となったのが大塩平八郎の乱(天保8年、1837)で、同じ年にアメリカ船モリソン号が浦賀に来航するというモリソン号事件が起きているから、「抜け雀」の抜け荷の一件にはそれなりのリアリティーがある。

 もう一つの特徴は落語がしばしば引き合いに出されるところからも想像できる、作者一流のユーモアで、「俳諧でぼろ儲けの巻」のクライマックス大坂天満宮での句合わせの際に「くいな」という題を出されて、雀丸が詠む「まんじゅうを腹いっぱいに食いなはれ」は、3代目三遊亭金馬が得意にしていた「雑排」(近年では春風亭柳昇の口演が面白かった)の中で八五郎が詠む「(春雨)舟底をガリガリかじる春の鮫」とか「(百日紅)狩人に追っかけられて猿滑り」とか「(山梔子)口無しや鼻から下はすぐに顎」などという迷句を思い出させたのであった。

 謎解きと笑いがお互いを適当に引き立たせながら、物語を進行させていくのはこの作者ならではの筆さばきであり、安心して読み進んだのである。
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