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前田速夫『「新しき村」の百年 <愚者の園>の真実』(3)

12月8日(金)曇り

 「新しき村」は1918(大正7)年11月14日に宮崎県児湯郡木城村大字石河内字城に創立され、1939年にその主力が埼玉県入間郡毛呂山町に移動したが、現在まで継続している、(原則として)共同の労働に従事しながら、余暇を成員の個性の伸長のために使うという生活様式を通じて、新しい社会の実現を目指す運動体である。その提唱者であった武者小路実篤は理想主義・個人主義的な傾向の強い雑誌『白樺』の主唱者で、この雑誌の同人たちも「村」への支持・援助を惜しまなかった。

 武者小路はその自伝的長編小説『或る男』で、「彼にとって文学をやろうと思ったのと、新しき世界を生み出したいと思ったのとは、ほとんど同時である。それは彼の双生児である」(40ページに引用)と書いている。彼が早い時期から「村」の原型となる「新しい社会」「理想国の小さいモデル」の構想を抱いていたことは、彼の日記等からも確認できる。

 しかし、この考えがはっきりした形をとり、実行に移そうとするまでになったのは大正に入ってからのことである。そしてすぐさま、「新しき村」の建設に着手する。「村」の機関誌『新しき村』の創刊号に掲載された「新しき村の小問答」は「村」の理想を対話形式で語っている。そこで、武者小路の分身と思しき対話者の1人は、「新しき村というのは、一言で云えば皆が協力して共産的に生活し、そして各自の天職を全うしようと云うのだ。皆がつまり兄弟のようになってお互いに助けあって、自己を完成するようにつとめようと云うのだ」(44ページ)と「村」の趣旨を語る。
 「共産的」「生活」と「天職を全う」することがすんなりと両立すると考えているところがいかにも楽天的である(この点については、また後で詳しく論じることになると思う)。
 
 さらに、このような理想を実現するのに、わざわざ「田舎に引込む」必要はないではないかという質問にそれももっともだと言いながら、次のように答えている。
「・・・しかし僕達は現社会の渦中から飛び出して、現社会の不合理な歪なりに出来上った秩序からぬけ出て、新しい合理的な秩序のもとに生活をしなおして見たいという気もするのだ。つまり自分たちは今の資本家にもなりたくなく、今の労働者にもなりたくなく、今の社会の食客的生活もしたくない、そう云う生活よりももっと人間らしい生活と信じる生活をできるだけやりたいと思うのだ」(同上)
 ここで武者小路が「現社会の不合理な歪なりに出来上った秩序」、「新しい合理的な秩序」と言いながら、それぞれの具体的な特徴を示さず、「気もするのだ」「やりたいと思うのだ」ときわめて主観的なものの言い方に終始しているのが注目される。つまり、気分に動かされているところがあるのである。
 「田舎に引込む」必要がないというのは、例えば国木田独歩が『武蔵野』を書いたのは彼が渋谷に住んでいた時期のことであるとか、その渋谷の道玄坂の辺りで育った大岡昇平の子ども時代には、家の近くに水車小屋があったとかいうことに示されるように、現在では全く都市化している東京の一部が、この時代にはまだかなり多くの自然を残していたことを思い出す必要があるだろう。この書物でも触れているように、「新しき村」を始める以前に、武者小路はトルストイに倣って世田谷で「美的百姓」の生活を送っていた徳富蘆花を訪問もしている。都市の近郊の農村で運動を始めるという選択肢もあった。彼が当時住んでいた千葉県我孫子市を本拠地としてもよかったはずである。

 ここで武者小路は都会から、資本主義の支配する社会から遠ざかりたいという希望を示しているのだが、東京からどれだけ離れても、そこが資本主義の支配する社会であることに変わりなく、「村」の生活も市場原理や貨幣経済から無縁であることはできないのである。むしろ、東京に近いことによって得られる利点の方が大きいことは、「村」が埼玉県に移転してから一時的にせよ成功することによって示されると思う(武者小路自身が、このことをどのように受け止めていたかが興味ある問題である)。
 ソローの「森の生活」は、文明社会の害毒から離れることだけを目指すものであったが、武者小路の場合は、一方で、現社会の影響から遠ざかりたいと思い、その一方で自分たちの影響力で社会を変えようという。ソローの場合は個人的な隠遁であるが、武者小路は社会運動としての生活共同体を目指している。支配的な社会制度とそれを変えようとする運動とは相互的な影響関係にあるのだが、その相互性を自分に都合よくしか解釈しないのは困ったことである。

 「人間らしく」というのは、働いて自分の生活を支えるということである。そこまでは語っていないが、自分の生活に必要なものはできるだけ自分の力で作り出すということも含まれているはずである。しかし現実には、「村」はなかなか自立できない。自給自足はもちろんのこと、市場経済の中で「自立」を達成するのはかなり時間を経てからのことである。

 今回は、「新しき村」の趣意として武者小路がどのようなことを語っているか、それについて私がどのような問題を感じるかを中心に書いてみた。武者小路が都会から離れて僻遠の地に理想の共同体の建設を目指したのには、彼の思想の独自展開によるという以外に、時代的な背景があったことをこの書物の著者も論じている。次回はそのことに触れるつもりである。

 
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