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七河迦南『アルバトロスは羽ばたかない』

12月5日(火)晴れ

 12月4日、七河迦南『アルバトロスは羽ばたかない』(創元推理文庫)を読み終える。2008年に発表された著者のデビュー作『七つの海を照らす星』の続編として、2010年に刊行された長編小説の文庫化である。

 海に面した街のはずれ、隣の県と境を接する辺りに位置している児童養護施設・七海学園に勤めている保育士の北沢春菜は、子どもたちと向き合って忙しい毎日を過ごしながら、この学園の日常生活の中で起きているささやかではあるが不可思議な事件の解明に取り組んできたというのが前作『七つの海を照らす星』の内容で、短編小説集とも、長編小説ともとれる施設内の出来事の描写の流れの中で、彼女の親友である野中佳音が実はこの施設にかかわる謎と深い関係のある人物であったことがわかって行く。そんな中で春菜の探索を助ける児童相談所の児童福祉司である海王さんが名探偵ぶりを見せていた。

 この『アルバトロスは羽ばたかない』では、学園のなかでも成績のぱっとしない子どもたちが通っていることが多い県立七海西高校にも舞台が広がる。春菜は3年目の勤務に入り、佳音はボランティアとして学園の子どもたちの勉強をみている。七海西高校で11月23日、文化祭が開かれている最中に校舎屋上からの転落事件が起きる。警察は自殺の疑いの濃い事故と考えるが、不審を抱いた語り手は独自に捜索を進める。今回は、海王さんや学園の古参職員たちは後方に退いている。

 これほど内容の紹介が難しいミステリーというのも珍しい。11月12日の当ブログで『七つの海を照らす星』を取り上げた際に、この物語の語り手は春菜になっているが、実は佳音かもしれないことを仄めかす箇所があることに触れていた。今回の『アルバトロスは羽ばたかない』は、読み進むうちにわかることだが、春菜が書いた部分と佳音が書いた部分から構成されている。一方が転落事件の捜索の過程であり、もう一方がその伏線となる学園内の出来事である(と書いてしまうと、物語の工夫のかなりの部分を暴露したことになるかもしれない)。そして、転落したのが誰かということが慎重に伏せられているのが特徴である。むしろ容疑の焦点となる人物の方がはっきりしている。被害者と探偵がはっきりせず、容疑者の方がはっきりしているというところに著者なりの工夫があると思われるので、それを壊すわけにはいかないから困るのである。

 ただ一つ言えることは、『七つの海』に比べて『アルバトロス』では子どもたちの中に潜む邪悪な部分が浮かび上がっていることではないか。さらに死への興味とか、「あこがれ」(?)のようなもの、女子高校生の売春などの問題も点滅する。学園と高校の両方に編入してきた鷺宮瞭という少女に加え、彼女と高校で仲良くしている西野香澄美という生徒、その香澄美が瞭の前に仲良くしていたという織裳莉央という自殺した少女、全体として不穏な雰囲気が漂っている。

 織裳莉央(おりも・りお)という名前はかな書きにすると回文になる。この著者の七河迦南(Nanakawa Kanan)という筆名(?)もローマ字による回文であり、主要登場人物の野中佳音というのもローマ字による回文である。作品全体にこの種の言葉遊びがあふれているが、遊びというよりも「悪戯」に近いのかもしれない。学園に入園する際に元の学校の旧友が書いてくれたという寄せ書きをめぐる樹里亜とエリカの喧嘩は、寄せ書きの中に隠されたメッセージを一方が読み取っていたことによるものであった。そして莉央が残したCDをめぐってもこの種の言葉の謎解きが絡まる(ローマ字とキリル文字を取り違えるというのは、クリスティーの『オリエント急行殺人事件』を思い出させる)。

 春菜は佳音について「たおやかで優しくて…、結構芯は強い反面、意外と抜けたところもあってなかなか面白い人である」(24ページ)と観察し、佳音は自分自身について「わたしは生活の中で時々、気がつくとぼーっとしていることがある。・・・それはもしかしたらいくらか解離状態に入っているのかもしれない。辛かった子ども時代の記憶があまりにもわたしを苦しめる時に、働く防衛機制ではないかと思う。」(411ページ)と分析している。そして、春菜は薄々そのことに気づいているが、わざと黙っているのではないかとも付け加えている。平凡だが幸福な環境で育った春菜と、不幸な環境で育った佳音にはまだお互いに理解を深める余地があることが感じとれるのである。

 ということで、『七つの海を照らす星』が社会的な性格が強いミステリーであったとすれば、『アルバトロスは羽ばたかない』は心理的な性格が強くなっているように思われる。
 瞭は一度だけ、莉央に逢っている。その時に、莉央はアルバトロス(アホウドリ)は自力では飛べないが、崖から身を投げて、気流を翼がとらえて舞い上がるという。
 「アルバトロスは羽ばたかない」というその言葉を忘れない瞭に対し、春菜はアルバトロスについて調べて、「あの重い身体を宙に浮かせて飛び立つためには凄い助走と浮く力が必要だから、地上や、水面では、ばたばたやって走ってるの、もう格好悪いくらい必死で走って、羽を動かして、それでやっとのことで飛び立てるの。…アルバトロスだって羽ばたくのよ。」と言い聞かせようとする。その言葉を聞いて、瞭はそんなことを調べて意味があるのかと反論し続けようとする…。

 千街晶之さんは「解説」で「登場人物たちが「希望」を手放さない」(421ページ)とこの作品の特徴を要約しているが、そういえるかどうかは、瞭が春菜のこの言葉をどのように受け止めたかにかかっているようである。
 余計なことを書きすぎて著者の工夫と読者の興味をそいでしまったかもしれないが、これでも書きたかったことのかなりの部分を切り捨てたつもりである。その位、いろいろなものが詰まった作品である。
 と、書いてもう一つだけ書き足しておくと、物語の中でカルメン・マキ&OZの音楽が役割を果たしているのが懐かしかった。そういえば、映画『探偵はBARにいる』のシリーズ第1作に、カルメン・マキが登場していたな、第3作も見に行こうかなどと思っているところである。
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