つれづれ

5月30日(木)雨

 昨夜(5月29日夜)、大野芳『吉田兼好とは誰だったのか 徒然草の謎』(幻冬舎新書)を読み終える。兼好の実像と『徒然草』成立の背景の事情を林瑞栄(はやし・みずえ)の『兼好発掘』の所説に即して論じた書物である。大野さんは専門の研究者ではないが、研究書を踏まえて書かれており、読みやすく、手応えがある。特に、私が何度か出かけたことがある金沢文庫についても触れられているので興味深かった。

 本日、書こうと思うのはこの書物の紹介ではなくて、この本を読んだことで思いだした自分自身のある経験についてである。もう20年くらい昔のことだが、ある大学で教えていた頃のこと、同僚の教育熱心な先生が学生に書かせたレポートを研究室の前の箱に入れて返却していた。その箱の中を何気なく覗きこんだところ、自分が指導している学生のレポートが一番上にあって、「思うことつれづれ」と題され、それに「?」という先生からの1文字が記されていた。私はそれほど教育熱心ではなかったから、その学生に対してこの話はしなかったが、この「?」の意味が提出した学生にどこまで届いたかは疑問である。

 その学生としては気の利いた題名をつけたつもりだったのだろうが、そもそも「つれづれ」という言葉の意味がわかっていない。「つれづれ」は辞書によると、「退屈」、「物思いにしずむこと」、「煩わされず、心静かなこと」であって、「思うことつれづれ」では日本語としての意味をなさない。「思うこといくつか」くらいが適切な題名だったと思うが、それでもあまり感心しない。授業についてのレポートは授業に即してかなり具体的に、焦点を絞って書く方が評価は高くなるはずである。だから漠然と思ったことを書くのは、きちんと授業を聞いていなかったことを証明するようなもので、あまり好ましくない。レポートを提出する以上、使う言葉、特に表題に使う言葉はその意味を辞書で確認するくらいの配慮はすべきである。何よりもよくないのは、ちょっと気の利いたことを言って歓心を買おうという料簡である。ただ、そういうことをどのように学生に言い聞かせて理解させるかはかなり難しい。ご本人が自負心が強い性格であることがしばしばなので、ますます難しくなるのである。

 大学での経験を思いだして、もっと厳しくした方がよかったと後悔することの方が、優しくしてやればよかったと思うことよりも多いのだが、学生の方はそう思っていないらしい。 
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