ミステリの地理

5月29日(水)曇り後、一時雨、関東甲信地方が梅雨入り。

 少し以前のことになるが、5月17日(金)の毎日新聞夕刊は「イタリアの刑事ものに注目」として、AXNミステリーで放映されている「モンテルバーノ~シチリアの人情刑事~」を紹介していた。この番組は見ていないが、アンドレア・カミッレ―リが創造したモンテルバーノ警視ものは、白水社の文庫クセジュ所収の『ミステリ文学』(2012)でも言及されており(122ページ)、既に1990年代に日本で翻訳が刊行されているそうである(ハルキ文庫から『モンタルバーノ警部―悲しきバイオリン』と『おやつ泥棒』が刊行されている。他にも翻訳されている作品があるかもしれない)。インターネットで調べた限りでは、なぜかドイツ語への翻訳が多いようである。それにしても、「刑事」、「警視」、「警部」と職名が翻訳によって違うのは日本とイタリアの警察機構とその中での職階が違うことによる混乱であろうが、何とかならないものであろうか。

 概説書を1冊読んだだけで、ある事柄の全体像をつかんだと思うのはそそっかしすぎると思うが、いくらかでも知識を得ることができることも確かである。文庫クセジュの『ミステリ文学」はフランスを初め、イギリス、アメリカ、イタリア、スペイン、スウェーデンなどのミステリを広く紹介していて(ネタばれが多いことに気をつける必要があるが)便利な本である。とはいうものの、最近『探偵ダゴベルトの功績と冒険』(創元推理文庫)が翻訳されたオーストリアの作家バルドゥイン・グロラー(1848-1916)とか、当ブログでおなじみのオランダの作家ロバート・ファン・ヒューリックについては触れられていないというような見落としがあるのは仕方がない。ロバート・ファン・ヒューリックが翻案した公案小説の伝統がある中国でも、現代社会を舞台にしたミステリは書かれているし、東南アジア、インド亜大陸、中近東、アフリカ、ラテン・アメリカでもミステリが書かれていないとは言い切れない。そういうことを言いだすときりがない。だから、取り上げた作品を理解するためには便利な本であると言っておこう(また言及する機会はありそうである)。

 この書物をざっと読んでいて思うのは、ミステリが好まれる風土のようなものがあるらしいということと、もう一つミステリの発展が諸国の警察・司法制度の性格と関連しているのではないかということである。例えば、英国(イングランド)の場合、barrister(法廷弁護士)とsolicitor(事務弁護士)の2種類の弁護士の制度がある。「ノーウッドの建築業者」(『シャーロック・ホームズの生還』で容疑者になるマクファーレンは事務弁護士で、「ソア橋」(『シャーロック・ホームズの事件簿』)で容疑者のダンバーの弁護にあたるカミングズは法廷弁護士である。このあたりのことは、古賀正義『推理小説の誤訳』(日経ビジネス人文庫)を読むとよくわかる。

 また『探偵ダゴベルトの功績と冒険』の「解説――シェエラザ―ドとしてのアマチュア探偵」の中で、翻訳者である垂野創一郎さんが書いているところによると、官僚機構が発展しすぎたオーストリア・ハンガリー帝国では「法規制や階級制度などは形だけのものとなり、それ自身のためのデータベースの堆積となる」(367ページ)、つまり警察機構は存続することが目的となって犯罪の捜査や予防は二の次になってしまう。

 「ホームズは現実を観察し、自らのデータベースを作り上げた。ところがダゴベルトの活躍するオーストリアでは、話は逆で、データベース自身が現実、あるいは現実の蜃気楼を作り上げているのだ」(同上)ということになってしまう。そして「ダゴベルトが探偵活動と称するものの多くは、弥縫と揉み消しに他ならない」(368ページ)という結果をもたらす。各国の警察・司法制度の特色がミステリの雰囲気を支配することになると言ってよいように思える。

 しかし、考えてみるとシャーロック・ホームズの探偵活動の中にも「ボヘミアの醜聞」がそうであるように弥縫と揉み消しに属するものは少なくないのである。それで結論を急がずに、個々の作品を楽しみながら、さらに読書の視野を広げ、多くの作品に接することで、ミステリがもともと内包している可能性を改めて発掘することができると思っているところである。
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