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ナポレオン

strong>9月18日(月)晴れ、気温上昇。雲に隠れてはいたが、わずかに富士山を見ることができた。

 ドイツの哲学者ヘーゲルの『歴史哲学講義』については、8月13日付の当ブログでも紹介したが、うーん、なるほどと思うところと、ここは違うんじゃないかというところが入り混じって、なかなか読み応えのある本である。その中で、彼が<歴史的人物>について書いている部分が特に目についた。

 「…世界史的個人は世界精神の事業遂行者たる使命を帯びていますが、彼らの運命に目をむけると、それはけっしてしあわせなものとはいえない。かれらはおだやかな満足を得ることがなく、生涯が労働と辛苦のつらなりであり、内面は情熱が吹きあれている。目的が実現されると、豆の莢(さや)にすぎないかれらは地面におちてしまう。アレクサンダー大王は早死にしたし、カエサルは殺されたし、ナポレオンはセントヘレナ島へ移送された。歴史的人物が幸福とよべるような境遇にはなく・・・」(60ページ)
 ここでヘーゲルが書いていることの詳しい意味はまた、機会を見つけて書いていくつもりであるが、とにかく、<世界史的個人>あるいは<歴史的人物>の例として、彼が古代のアレクサンダー大王やカエサルと並べて、彼自身の同時代人といってよいナポレオンを取り上げているのが目を引いたのである。

 ヘーゲルはドイツ人で、かつてナポレオンがドイツを攻撃した際に、「ドイツ国民に告ぐ」という一連の講演を行って愛国心の発揮を呼び掛けた哲学者のフィヒテが学長をしていたベルリン大学の学長にもなっているのだから、ナポレオンは<敵>だったはずである。そのヘーゲルが、ナポレオンの中に世界精神を実現していく人物としての一面も見ていたというのが注目される。偉大な人物は偉大な人物の偉大なところが分かるという理解もできるし、ヘーゲルがドイツとかフランスとかいう国の枠を超えて、ヨーロッパあるいは世界という枠の中で歴史をとらえていたという理解も可能であろう。

 以前にも書いたことだが、私はこの人は天才だ!と思えるような人物に出会ったことがない。さらに言えば、英雄だ!とか豪傑だ!とかいう人物にも出会ったことがない。人生とはそういう平凡と平凡の積み重なりであるといってしまえばそれまでだが、もしナポレオンに出会ったら、人生がどうなったのか?という空想も一興であるかもしれない。

 オランダ生まれで、アメリカにわたって著述家として成功したヘンドリック・ウィレム・ヴァン・ルーンの『人間の歴史の物語』(Story of Mankind)は小学校の高学年ごろに(翻訳で)読んで、成人してからも(英語で)何度も読み返した書物であるが、その中にナポレオンを取り上げた個所があって、その印象がずっと記憶に残っている。
Here I am sitting at a comfortable table loaded heavily with books, with one eye on my typewriter and the other on Licorice the cat, who has a great fondness for carbon paper, and I am telling you that the Emperor Napoleon was a most contemptible person.
(今、私は本を何冊も積み上げた使いやすい机の前に座って、一方の目で私のタイプライターを見て、もう一方の目でカーボン紙が大好きな猫のリコリスを見張っている。そして皇帝ナポレオンは大いに軽蔑に値する人物であったと君たちに告げている。)
But should I happen to look out of the window, down upon Seventh Avenue, and should the endless procession of trucks and carts come to a sudden halt, and should I hear the sound of the heavy drums and see the little man on his white horse in his old and much-worn green uniform, then I don't know, but I am afraid that I would leave my bokks and the kitten and my home and everything else to follow him wherever he cared to lead.
(しかし私がたまたま窓の外を眺め、七番街を見下ろしたとしよう。そしてトラックと荷馬車との終りのない行進が突然止まって、〔時代が逆戻りして〕私が重く響き渡る太鼓の音を聞き、古い、着古した緑色の軍服を着て白馬にまたがった小男をみたら、それからどうなるかを私は知らない。しかし、私は私が自分の本と子猫と家とその他のあらゆるものを放り出して、彼が連れて行こうとするところにはどこへでもついていくのではないかと心配になるのである。)
My own grandfather did this and Heaven knows he was not born to be a hero. Millions of other people's grandfathers did it. They received no reward, but they expected none. They cheerfully gave legs and arms and lives to serve this foreigner, who took them a thousand miles away from their homes and marched them into a barrage of Russian or English or Spanish or Italian or Austrian cannon and stared quietly into space while they were rolling in the agony of death.
(私自身の祖父がそうしたのであり、彼が英雄に生まれついていなかったのは誰もが知っている通りであった。他の数百万の人々の祖父が同じことをした。彼らは何の報いも受け取らなかったが、何も求めてはいなかったのである。彼らは喜んでこの外国人に彼らの手足と命とを捧げ、その外国人は彼らをその故郷から数千マイルも離れたところに連れて行って、ロシアやら英国やらスペインやらイタリアやらオーストリアやらの大砲の砲撃の中を行進させ、かれらが死の苦しみの中に転げ回っている時に静かに空を見つめていたのである。)

 ナポレオンの遠征に熱狂して従軍していく人々の姿というと、アンジェイ・ワイダの『パン・タデウシュ物語』の終りの方の画面を思い出す(ミツキェヴィッチの原作にはそういう部分はなくて、ワイダが映画化にあたって付け加えたのではないかと思う)。だからついていった人々には、彼らなりの自由や民族独立への想いがあったのだろうが、それとナポレオンの征服欲がどこまで交わっていたかというのがヴァン・ルーンの言いたいことではないかと思う。彼は、ナポレオンの没落と死について述べた後、次のように締めくくっている。
But if you want an explanation of this strange career, if you really wish to know how one man could possibly rule so many people for so many years by the sheer force of his will, do not read the books that have been written about him.Their authors either hated the Emperor or loved him. You will learn many facts, but it is more important to "feel history" than to know it.
(しかしもし君たちがこの奇妙な経歴の説明を求めるのならば、もし君たちが本当に、どのようにして一人の人間が彼の意志の力そのものによってきわめて長い間こんなにも多くの人々を支配できたのかを知りたいのならば、彼について書かれた書物を読んではいけない。そういう書物の著者は皇帝を憎んでいるか、愛しているかのどちらかである。君たちは多くの事実を学ぶだろうが、歴史を知ることよりも、「それを感じる」ことの方がより重要である。)
Don't read, but wait until you have a chance to hear a good artist sing the song called ”The Two Grenadiers." The words were written by Heine, the great German poet who lived through the Napoleonic era. The music was composed by Schumann, a German, who saw the Emperor, the enemy of his country , whenever he came to visit his imperial father-in-law. The song therefore is the work of two men who had every reason to hate the tyrant.
 Go and hear it. Then you will understand what a thousand volumes could not possibly tell you.
(本を読んではいけない、むしろ君たちが優れた芸術家が『二人の擲弾兵』という歌を歌うのを聞くチャンスを待つ方がいい。〔この歌の〕歌詞を書いたのはハイネであり、ナポレオン時代を生きた偉大なドイツの詩人である。音楽を作曲したのはシューマンであり、彼は彼の祖国の敵である皇帝が義理の父親である皇帝を訪問するためにやってきた時に彼を見た。それでこの歌は暴君を憎むべきあらゆる理由があった2人の人物の作品なのである。
 さあ、その歌を聞こう。そうすれば君たちは数千冊の書物が君たちに告げることのできなかったことを理解するだろう。)

 ヴァン・ルーンは英国の作家で歴史小説を得意としたサッカリーが好きで、彼の『ヘンリー・エズモンド』という小説を1年に1度は英語の勉強のために読んだという(私は、英語の勉強のためにヴァン・ルーンの『人間の歴史の物語』を1年に1度は読むことにしていたが、このところ中断している)。そのサッカリーの代表作『虚栄の市』の最初の方にワーテルローの戦いを描いた部分があり、この作品が英国人の『戦争と平和』と呼ばれているのを知っていたはずである。さらに言えば、スタンダールの『パルムの僧院』の初めの方で、主人公のファブリスがワーテルローの戦いにナポレオンを応援しようと出かける場面がある。19世紀の半ばあたりまでのヨーロッパの文学作品を読んでいると、ナポレオンという人物の存在が同時代のヨーロッパの人々、特に若い世代に強い影響力をもっていたことが分かる。特にドイツや、イタリア、ロシアの人々がナポレオンについて自由の拡大を図る人物という普遍的な側面への共感と、自分の祖国を侵略する人物という反感の二律背反的な感情をもっていたというよりも、今ももちつづけていることを理解すべきではないかと思う。〔ちなみに、ハイネとシューマンはともにユダヤ系で、ドイツ人としては正統的とはいいがたいアイデンティティーをもっていたことも付け加えておくべきであろう。〕

 ヘーゲルがナポレオンを<歴史的人物>の一例としているのは、理解できる部分と、理解できない部分とがいまだにあって、もう少し考えてみないといけないようである。ここで名前が出てきたハイネはヘーゲルの講義を聴いたことがあったはずで、ナポレオンについてのドイツ人の受け止め方についても書いた文章があったと記憶する。ヘーゲルだけでなく、(哲学史上は「ヘーゲル左派」の一員に数えられる)ハイネの書いたものも読んでいるとするか…。
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歴史探偵の気分になれるウェブ小説を知ってますか。 グーグルやスマホで「北円堂の秘密」とネット検索するとヒットし、小一時間で読めます。北円堂は古都奈良・興福寺の八角円堂です。 その1からラストまで無料です。夢殿と同じ八角形の北円堂を知らない人が多いですね。順に読めば歴史の扉が開き感動に包まれます。重複、 既読ならご免なさい。お仕事のリフレッシュや脳トレにも最適です。物語が観光地に絡むと興味が倍増します。平城京遷都を主導した聖武天皇の外祖父が登場します。古代の政治家の小説です。気が向いたらお読み下さいませ。(奈良のはじまりの歴史は面白いです。日本史の要ですね。)

読み通すには一頑張りが必要かも。
読めば日本史の盲点に気付くでしょう。
ネット小説も面白いです。
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