講談「秋色桜」をめぐって

5月25日(土)晴れ後曇り

 NHKカルチャーラジオ「文学の世界」『落語・講談に見る「親孝行」』(講師:勝又基)の第7回「孝行と罪――講談「秋色桜」』を5月17日(金)に、第8回「孝行旅の系譜――講談「中江藤樹の母」」を5月24日(金)に聴いた。勝又さんによると、落語と講談の違いの1つは落語に登場する人物が多くは最大公約数的なありふれた性格をもつ架空の人物であるのに対し、講談の人物は(たとえ虚構の人物であっても)その実在性が強調されるということである。この点をとらえて、勝又さんは講談が「伝記」の芸だという。「講談には、いつでもどこにもありそうなホームドラマの温かみというのは、さほどありません。ただその代わりに、伝記特有のごつごつした、手触りがあります。…さまざまな人物の生き方を、時に見てきたように、そして事実よりも熱く、聴く者の心にぶつけて響かせる「伝記の芸」。それが講談だと私は考えています」という(テキスト、79ページ)。

 「秋色桜」という話は以前に聴いた記憶がある。秋色(1669-1725)は蕉門の十哲の1人に数えられる宝井(榎本)其角の弟子である。上野の山に花見に出かけた客が桜の枝に句を書いた短冊を結び付けて帰る。酔っ払って詠んだものなので、ろくなものがない中で13歳のお秋(秋色)の詠んだ
 井の端の 桜あぶなし 酒の酔(えい)
という句が宮様のお目に留まる。(上野の輪王寺には出家した親王が住まわれることになっていた。) このことから秋色は宮様のもとに出入りを許されるようになる。

 あるとき、秋色の父親が宮様の庭を見物したいというので、彼女のお伴という形で出かけることになった。ところが夕方になって雨が降って来たので、秋色には駕籠が用意されたが、父親には雨合羽が渡されるだけであった。そこで途中、秋色は計を案じて、供のものを遠ざけ、父親を駕籠に乗せ、自分が笠と合羽を身につける。秋色の家について駕籠屋はびっくりするが、お秋は父親を歩かせて自分が駕籠に乗ったのでは間違っていると駕籠屋に説明し、このことは内聞にと頼む。しかし、これが宮様の耳に伝わり、改めてご褒美を頂いた。

 勝又さんによると、この話の前半は菊岡せん涼(「せん」はさんずいに占)が編んだ『江戸砂子』(1732)に出てくるそうで、実話かどうかはともかく、秋色の生前から、かなりまことしやかに語られていた逸話と考えてよいようである。次に後半であるが、文化年間に刊行された『俳家奇人談』(1816)に見えるものが最も早いのではないかという。ところがここでは2人が出かけるのは宮様の庭ではなくて、ある大名の下屋敷となっており、彼女のたくらみは露見しなかったという結末になっている。『俳家奇人談』では秋色の人となりは孝行者である一方で自由気ままで規範にとらわれないと評価されているのである。

 宮様から与えられた駕籠に父親を乗せるというのは孝行かもしれないが、規則からは逸脱している。親のために罪を犯すという逸話は、講師の孝行ぶりを表す道具として伝統的に用いられ、それが講談「秋色桜」における元の話の改編に影響していると勝又さんは説いている。「孝にして放(ほしいまま)」と評された秋色が伝統的な孝行者の枠組みの中に組み込まれているのである。

 勝又さんは取り上げなかったが、この話を聞いて思いだされるのは落語「抜け雀」の落ちである。小田原の宿屋に泊りこんだ大酒のみの客が、一文も持っていないと言ってついたてに雀を5羽描いて去ってゆく。ところがこの雀が朝になると飛び立って、しばらくするとついたてに戻るので評判になる。ある日、この宿に人品いやしからぬ老人がやってきて、この雀は羽を休めるところがないので、そのうちに死ぬと言って絵にかごを書き添えた。すると、雀が籠の中で羽を休めるようになる。それでますます評判が高くなるうち、元の大酒のみの客が立派ななりでやってくる。この絵を見て、「不孝の段、お許しください」と泣き伏す、不審に思った主人が尋ねると、この籠を描いたのは自分の父親であるという。「親子で名人、結構ではないですか」「いや、親を駕籠かきにした」。

 秋色の句としては「雉の尾のやさしくさはる菫かな」辺りが優れた作品であろうか。親孝行の説話が残って句の方はあまり思いだされないようである。彼女の句を認めるのが宮様であるというのも特徴的で、先生の先生である芭蕉が認めるということになると芸談になってくるはずである。それで講談「秋色桜」は親孝行が前面に出て、俳諧は添え物の感じがある。それに対し落語「抜け雀」は親孝行を無視しているわけではないが、名人芸が主題である。それも誰か権威が認めるのではなくて、雀が抜け出るという自明の事実がその技量を示している。私が講談よりも落語が好きなのは、世間の規範からより自由に生きる人々を描いていることも影響しているようである。
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