日記抄(8月6日~12日)

8月12日(土)午前中曇り時々小雨、午後になって晴れ間が広がる

 8月6日から本日までの間に経験したこと、考えたことなど:
8月6日
 広島に原爆が投下されて72年。広島で被爆した子どもたちの文集『原爆の子』を原作とした関川秀雄監督の『ひろしま』(1953)二女教師役で出演された月丘夢路さんが今年亡くなられたが、月丘さんは宝塚時代に先輩であった園井恵子と『南十字星』という映画で共演している。稲垣浩監督の『無法松の一生』で吉岡夫人を演じたことで映画史に名を残した園井は、戦争中、丸山定夫率いるさくら隊に属し、各地を巡演中に広島で被爆して、その後間もなく死去した。月丘さんが園井の思い出を語っている記録があれば目を通してみたいと思う。『ひろしま』と競作の形になった『原爆の子』を監督した新藤兼人さんが『さくら隊散る』という映画を作っていることも記憶されてよい。

 関内駅の近くのミュージック・ステージ・イライザで別府葉子トリオのライヴを聴く。イライザというのはミュージカル『マイ・フェア・レディ』のヒロインの花売り娘の名であるが、前売り券を買った際にそのことを忘れていたのは不覚であった。そうでなければもっと早く会場を見付けていたかもしれない。40年前に死んだ父が最後に勤めた会社が関内駅の近くに今もあるので、この一帯には多少の親近感はあるのだが、実際に歩いてみないとわからないことが多い。

8月7日
 NHKラジオ『まいにちフランス語』の「文化コーナー」ではバスティーユ広場を話題として取り上げていた。
La place de la Bastillle tire bien évidemment son nom de la forteresse et prison dont la prise, le quatorze juillet 1789, marque le début de la Révolution française.
(バスティーユ広場は、フランス革命の始まりの1789年7月14日に襲撃された場所、つまり城塞で牢獄だったバスティーユから名前が取られている。)
 広場には、現在、円柱が立っているが、これは1789年のバスティーユ襲撃の記念碑ではなく、1830年の7月革命の3日間の記念碑である。バスティーユ牢獄が取り壊された後、ナポレオンが記念碑を建てようとして、できたのは石膏の像で、ヴィクトル・ユゴーの小説『レ・ミゼラブル』で、少年ガヴローシュが寝床にする場所として描かれているそうである。
La construction de la colonne remonte à 1840.
(7月革命記念碑の建築は1840年に遡る。)
 私が現在読んでいるフローベールの『感情教育』の物語の発端が1840年で、間もなく1848年の革命が描かれている部分に差し掛かるはずである。
 「この広場はフランスでデモがある時に、その出発点になることもあり、歴史の重みを感じさせる場所です」(『まいにちフランス語』8月号、32ページ)と記されている。京都でメーデーなどの際に出発点になっていたのは二条城前の広場であったが、二条城は徳川慶喜が大政奉還を上表した場所である。私は、デモ中にそんな歴史を思い描いたことなど、一度もない。

 東海林さだお『猫大好き』(文春文庫)を読み終える。表題になっている「猫大好き」は「ぼくが小学生のころから現在に至るまで犬と猫とを切らしたことがない」(219ページ)という長い経験と観察に基づいて、ネコとイヌを対比したエッセーで、両者のしっぽの使い方の違いなど興味深い。「摘録 断定調日常」というのは永井荷風の『断腸亭日乗』のもじりだろうが、ご本家の文体の巧みな模倣などという芸を見せているわけではない。「東京駅で一日暮らす」は先日見た川端康成原作、川島雄三監督の映画『女であること』の中で、家出した久我美子が東京ステーションホテルに泊まっている場面を思い出させた。丸谷才一さんと川村二郎さんからエッセーをほめるはがきが同じ日に届いたので舞い上がっている「人生最高の幸せな一日」が収められている一方で、長嶋茂雄氏と松井秀喜氏の国民栄誉賞受賞の様子を細かく描く「国民栄誉賞イン東京ドーム」の冷徹な目の光り方にも著者の個性を認めることができる。

8月8日
 NHKラジオ『ワンポイント・ニュースで英会話』でミシェル・オバマ前大統領夫人が夫の在任中、公式の行事の場で自分の衣装には注目が集まったのに、大統領が8年間同じタキシードを着続けていたことには誰も気づかなかったと発言したという話題が取り上げられていた。トランプ大統領の場合には、どういうことになるだろうか。

8月9日
 NHK『ラジオ英会話』ではsibling rivalry (兄弟姉妹間のライバル意識)が話題になったが、"Today's Dialog in Another Situation!”で桃太郎の弟のいも次郎なる人物が登場した。栗次郎とか、柿三郎とかならば思いつくが、いも次郎というのは想像力の相当な飛躍がある。おとぎ話の時代の日本には、サツマイモもジャガイモもなくて、いもというと里芋がヤマノイモだったというのを知ってか、知らずか。

 同じく『実践ビジネス英語』では
Something like 80 million people around the world have roots in the Emerald Isle.
(世界各地にいるおよそ8千万人がエメラルド島(=アイルランド)にルーツがある)
という話が出てきた。現在、アイルランドに住んでいる人よりも、先祖がアイルランドから他の国に移住してきたという人の方が多いのである。

 神保町シアターで小津安二郎の『麦秋』を見る。鎌倉に住む7人家族が、ずっと独身だった長女の結婚を機に解体していく話。これぞ小津安二郎という映画作りもさることながら、昭和26年(1951)の作品なので、自分の子ども時代の思い出を重ね合わせてみてしまう。7人家族の味噌っかすの二男坊が私と同じ年か、1歳上ということになるらしい。女学校時代の仲良しグループの中で、ずっと独身のままの原節子と、淡島千景が私たち未婚だから「ねーえ」という場面が、この2人の実人生と重なって見える。秋田に嫁ぐことに決めた原節子と、淡島千景がお互いに東北弁の使い比べをして、女学校時代に一緒だった佐々木さんの話し方を思い出せばいいというのは楽屋落ちで、小津の助監督から独立して、東映に移って時代劇を作った佐々木康が東北弁が抜けなかったことが念頭にあるようである。

8月10日
 『実践ビジネス英語』の昨日の話題の続きで、アイルランドで自分のルーツを調べる場合に最初にすべきことは、国立図書館の教区記録のウェブサイトを見ることであるという。実は、ダブリンのこの図書館に出かけて、入館証を発行してもらったことがあり、その時、手続きの窓口がアメリカ人用と、そうでない外国人用に分れていたのを思い出す。

 神保町シアターで小津安二郎の無声時代の作品『学生ロマンス 若き日』を見る。赤倉スキー場でロケをして撮影した、大学生の生態を描くコメディ。小津作品ではこういう若い時代の作品のほうが好きである。
 高橋治『絢爛たる影絵』(文春文庫、現在は岩波現代文庫に入っている)を読み返しながら、小津作品の特徴や魅力について考える。淀川長治が自分は庶民だから、鎌倉で暮らしている小津よりも、溝口の方が好きだというようなことを言ったのは、一首の煙幕ではないかと思えるのは、松竹蒲田時代の小津は下町の人情を描く映画を多く作っていたと高橋が述べているからである。むしろ高橋がいうように、蒲田時代の小津は既成のスターが出演する映画を作らせてもらえず、個性的なキャラクターをうまく生かすことで作品を支えてきた「いわば小津はノースター映画の専門家だった」(高橋、82ページ)というのがスター大好きの淀川の個性と合わなかったのではないかと思われる。その後、スター俳優を使うようになっても、小津は「のびのびと」演技させるようなことはしないで、自分の型に嵌めて演技をさせようとした(そのことで、彼から離れていった助監督の1人が今村昌平である)。
 小津の映画を見てはこの本を読み、読んでは映画を見ると、実にいろいろなことを教えられ、考えさせられる。

8月11日
 横浜FCはアウェーで徳島ヴォルティスと対戦、1-2で劣勢だったが、後半のロスタイムにイバ選手が右足でゴールを決めて追いついて引き分けたそうである。順位は依然として6位。イバ選手が利き足の左でなく、右で決めたというところにまだ望みはあるという気がする。

8月12日
 NHKラジオ「朗読の時間」の谷崎潤一郎『猫と庄造と二人のおんな』の11~15回の再放送を聴く。品子のもとに引き取られた老雌猫のリリーがいったんは彼女のもとを逃げ出すが、戻ってきて、すっかり仲良くなる。品子は、ダメ男の庄造と別れてせいせいしている半面で、自分の女としての価値を認めさせて復縁したいという気持ちもある。それがネコとの関係にも反映しているようでもある。
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