ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(25-2)

8月10日(木)曇り時々雨、変わりやすい空模様

 1300年4月13日の正午に、ベアトリーチェに導かれて、煉獄山頂から天上の世界へと飛び立ったダンテは、月天、水星天、金星天、太陽天、火星天、木星天、土星天を訪問し、彼を出迎えた魂たちと、信仰と教会、地上の政治などの問題について議論を交わす。至高天から土星天へとのびている「ヤコブの階段」を上って、恒星天に達したダンテは、そこでキリストとマリアの天国への凱旋を目にする。そして、彼が自分の見聞を地上で語るのにふさわしい人物として、3つの対神徳を備えているかを、それぞれの徳を代表する魂から試験されることになる。第1の対神徳である<信仰>について使徒ペテロから試問を受けて合格した彼は、今度は同じく使徒大ヤコブから<希望>についての試問を受ける。ダンテが希望の徳を備えていることをベアトリーチェが証明したのち、彼は希望とは神の恩寵と生前の善行の両方のおかげで、死後、天国で永遠の至福に与ることへの希望であり、「詩編」の作者ダヴィデと、大ヤコブの書簡からこれを教わったと述べ、
「・・・そのために私は満たされ、
あなた方からの慈雨を私が人々に注ぎ込みます。」
(381ページ)と、地上に戻った後に、彼の体験に基づく叙事詩を書いて、希望の徳を広めるという決意を語った。

私が話している間、その烈火が包む生命の深奥で
閃光がきらめいていた、
突然、稲妻のように幾度も。
(同上) それは大ヤコブがこの答えを喜んで受け入れたことを示すものであった。そして、大ヤコブは希望が一体何を意味しているのかをさらに詳しく話すように求めた。
 ダンテは、希望については新約と旧約の聖書の中にさまざまに語られているが、
「・・・
イザヤは言っています。どの人も祖国では
二倍の服を身につけることになりましょう、と。
その祖国とはこの甘美な生のことです。

またあなたの兄弟はこの啓示をよりはっきりと詳細に、
白い衣について述べている箇所で
私たちに明らかにしています」。
(382-383ページ)と『イザヤ書』61.7の「その地で二倍のものを継ぎ/永遠の喜びを受ける」という語句を典拠にして、祖国=天国での生こそが希望であることを述べ、『新約』の「ヨハネの黙示録」の中の「大群衆が、白い衣を身につけ」(7.9)という箇所で、この大群衆は天国に選ばれた人々で逢って、彼アrの天国での至福の在り方が説明されていると答える。

 この答えも受け入れられたが、
その後、ある光がそれらの間で烈しく輝いた。
もし蟹座にそれほどまで輝く水晶があったならば、
冬が昼間だけの一か月を持ったであろうほどに。

すると、喜ばしげな乙女が
何かの過ちゆえではなく、新婦にただ敬意を表するために
立ち上がって歩いてゆき、踊りに加わるように、

烈しく明るい輝きが、
燃え上がる愛に見合うように
愛に合わせて回る二人に近づいていくのを私は見た。
(383-384ページ) この新たに輝いたのは、十二使徒の一人(福音書の著者の1人で黙示録の著者である)ヨハネであり、3つの対神徳の中の残る<愛>を体現する存在である。そして彼らは三対神徳の輪を作って踊る。
 その姿をベアトリーチェはじっと見つめていた。
 「ヨハネによる福音書」21.23には「この弟子は死なないという噂が兄弟たちの間に広まった」という語句があることから、ヨハネは肉体を持ったまま天国に行ったと信じる人々がいた。ダンテはそれをここで確かめようとして誉阿h根の輝きを見つめ、一時的に視力を失ってしまった。その彼にヨハネの声が聞こえる。
「・・・
二つの衣をまとったまま祝福された僧院に
いらっしゃるのは、上にお帰りになった二つの光だけである。
このことをおまえたちの世界に伝えるがよい」。
(386ページ) 魂と肉体を持ったまま天国に還ったのはイエス・キリストとマリアだけであるという。とはいえ、視力を失ったダンテの動揺は小さなものではない。

ああ、私は心の中で何と動揺したことか。
彼女のそばに、そして至福の世界にいたにもかかわらず、
ベアトリーチェを見ようと振り向いた時に、

私は見ることができなかったのだから。
(386-387ページ) ダンテは3つの対神徳のうちの「信仰」に続いて、「希望」についての試問にも合格したが、目が見えなくなるなど、「愛」をめぐる試問には波乱含みのところがある。

 近代から現代にいたる聖書の批判的研究は、『新約聖書』の「福音書」が教会が伝承してきた作者によって記されたものではないことを実証的に明らかにしてきた。そういう目から見ると、『神曲』はいかにも中世的に思われるが、それでも誤った聖書解釈によりダンテが一時的に失明するなどの部分には、ダンテが彼の歴史的な制約の中で、『聖書』を合理的にとらえようとしていることが分かって、興味深い。魂と肉体とを持ったまま天国に昇ったのは2人だけだというが、旧約聖書に登場する預言者エリヤはどうかとか、どうも合理的に説明のつかない部分が残ることも否定できない。
 
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