日記抄(7月23日~29日)

7月29日(土)晴れ、暑し

 7月23日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、前回書き落としたことなど:
 横浜駅周辺を、ひどく目立つが釣り合いの取れない服装で、右手を振り上げては「ヒガシトツカァ」などと叫びながら歩いている初老の女性がいたが、最近あまり見かけなくなった。いると目障りでうるさいが、いなくなったらいなくなったで気になる。
 7月30日は横浜市長選挙で、バスの中などで投票を呼び掛ける映像が流されているが、中年男が赤い花を口にくわえるというような不気味な画面が展開されるので、いったいどの程度効果があるのか疑問である。

7月21日
 NHKラジオ『まいにちイタリア語』応用編「メールで発信」の中に出てきた例文。
Dopo potremmo cenare insieme in unafantastica pizzeria li dietro.
(後で、近くのとてもおいしいピッツェリーアで一緒に食事ができる。)
a due passi da ~ は「~のすぐ近く」のという意味で、ここでdueは「2つの」)ではなくて、「わずかの、少しの」という意味である。たとえば、Devo dirte due parole. (君にちょっと話がある。) 手元のフランス語の辞書には、deuxの意味として、「わずかの、少しの」というのは出てこないが、en moins de deuxは「あっという間に」であり、J'ai un mot [deux mots] à vous dire. (あなたにちょっとお話があります。)という言い方も載っている。

7月22日
 NHKラジオ「高校生からはじめる現代英語」で”New Guidelines Call for Earlier English Learning"(小3から英語)という話題を取り上げた。問題は、英語を早くから始めることではなくて、学ぶ量を多くして、もっと一生懸命勉強することだと思うのだが、そういう議論はなかなか表に出てこない。
 Classes are to focus on speaking and listening.{(小学校3年生と4年生の英語の)授業は話すことと聞くことに集中することになります。} この放送を聴いた後出かけた西口のカフェで若い女性が2人、英語で話をしていた(一方が、英語の母語話者らしかった)。何を話しているのかと思ったら、ただのガールズ・トークらしかった。それはそれで立派なことであるが、「会話」には中身が伴うということを忘れてはならないことを改めて考えさせられた。

 ニッパツ三ツ沢球技場でJ2第24節:横浜FC対V・ファーレン長崎の試合を観戦する。ブラジルからJリーグに復帰したレアンドロドミンゲス選手が移籍後初出場。その存在感と、FWを3人先発させ、4人ベンチに置いた中田監督の攻撃的な姿勢が実を結んだのか、2-1で横浜が長崎を破る。決勝点となった中里選手のFKの決まり方を見ていると、《不思議の勝ち》という印象もないではない。

7月23日
 『高校生からはじめる現代英語』の2日目のDiscussionのコーナーで、
With English being the language of business even in Asia, English language skills will be even more important in the futureが.
(アジアでもビジネスで使われる言葉は英語なので、英語能力が将来はさらにいっそう大切になるだろう。)
と言われているのはそのとおりだが、学校であまりアメリカ英語を強調しすぎると、アジア英語に対応できなくなる恐れがあるということも念頭に置くべきであろう。
These guidelines have been released and will be implemented beginning in 2020, just in time for the Tokyo Olympics.
(この指導要領が公表されて、2020年から実施される、東京オリンピックにちょうど間に合う。)
という発言があったが、オリンピックが行われる年に、小学校3年生・4年生に英語を教えても、間に合わないのではないか。2020年のオリンピックでは、どんな言語を話す選手が注目を浴びることになるのか、予見できない要素の方に私は期待をもっている。

7月24日
 病院に出かける。その後、神保町シアターで「神保町シアター総選挙2017」で第3位になったという「一周忌追悼企画 伝説の女優・原節子」のアンコール上映から『女であること』(1958、東京映画、川島雄三監督)、『河内山宗俊』(1936、日活京都、山中貞雄監督)、『東京の恋人』(1952、東宝、千葉泰樹監督)の3本を見る。
 『女であること』を見るのは2度目であるが、今回の方が面白く見ることができた。有閑階級の反抗的なわがまま娘という役どころを得意としていた久我美子の動と、父親の裁判の結果が不安で仕方がない一方で学生と恋に陥っている香川京子の静の対象、原節子の昔の恋人役を演じている三橋達也の楽しそうな演技など見どころ多し。『河内山宗俊』は、何度か映画化されているはずで、1970年に公開された篠田正浩監督の『無頼漢』もこの話がもとになっている。河原崎長十郎、中村翫右衛門と前進座の役者が多く出演しているが、当時座員であった加東大介の若いころの姿もある。山中貞雄は加藤泰の叔父にあたるそうだが、両者の共通点というようなものを見付けることはできなかった。『東京の恋人』は三船敏郎の二枚目ぶり、特に声の魅力が印象に残った。好色でケチな森繁の社長と清川虹子のその妻の演技も面白かった。ドタバタ喜劇と人情喜劇の境界線上にある作品であるが、思い切ってドタバタにした方がよかったのではないかという気がしないでもない。

7月25日
 犬養道子さんが死去された。戦後すぐの時期に欧米を歴訪された記録である『お嬢さん放浪記』は未読だが、その後またアメリカに留学された時の『マーティン街日記』はアメリカのニューイングランド地方での学生生活を詳しく描いた書物として、興味深く、何度も読んだものである。謹んでご冥福を祈る。

7月26日
 NHKラジオ『まいにちフランス語』でhibou(ミミズク、hは有音)という語が出てきた。フランス語ではhibouとchouette(フクロウ)を区別する。耳(羽角)があるのがhibou,ないのがchouetteということであるが、hibouをchouetteに含める場合もあるそうである。英語のowlは両方を区別していない。

 司馬遼太郎『街道をゆく 2 韓(から)のくに紀行』(朝日文庫)を読む。(この書物は、7月28日の当ブログで取り上げるつもりで、本が見つからずに――整理が悪い!!――先延ばしした経緯がある。)

7月27日
 NHKラジオ『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote"のコーナーで紹介された言葉:
Brain: an apparatus with which we think we think.
(from The Devil's Dictionary)
---- Ambrose Bierce
(U.S. journalist, short story writer and satirist, 1842 - c.1914)
(頭脳:それを使って考えている、とわれわれが考えている装置。)

7月28日
 NHKラジオ『まいにちイタリア語』応用編「メールで発信」で紹介された例文。就職が決まった友人宛に
Complimenti davvero e in bocca al lupo per un brillante futuro.
(心からおめでとう。輝かしい未来へ向けて頑張って。)
in bocca al lupoは直訳すると「オオカミの口へ」で、「頑張って! 幸運を祈っている」という意味で使われる。
 北欧神話に嘘をついていないという証拠にオオカミの口の中に手をさしいれた神様の話が出てくると記憶する。この表現とどこかでつながっているのかもしれない。

7月29日
 吉田健一『昔の話』(講談社文芸文庫)を読み終える。
 「しかし何よりも我々に必要なのは人間の世界を貫く持続とその認識である。アメリカ軍が我が国を占領してそこにいる人間が一変したという説がなされたことが既に荒唐無稽を通り越してそれをなした人間の正気を疑わせるに足りる。しかしそれがもし狂気だったならばその狂気に従ってわが国の歴史は暗闇に包まれてそれは何も見えなくなる暗闇でもあった。これもそう決める方の勝手であってわが国の人間が昭和20年を境に一様に頭が変になったとも思えない。」(243-244ページ)
 著者の意見に全面的に賛成とは言えないが、「持続」を重視する考え方には健全な保守主義があって、その点は(まったく違った発想軸の持ち主である)梅棹忠夫と同じに思えるのが興味深い。
  
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