開高健「円の破れ目」

7月11日(火)晴れ、暑し

 1991年に新潮社から刊行された『開高健全集』第1巻には、開高の出世作である「パニック」と、この作品に至るまでに彼が発表した11編の短・中編小説が収められている。この「円の破れ目」は『近代文学』の昭和31年(1956)2月号に発表された作品で、この後開高は約1年の沈黙を続け、その後「パニック」を発表する。全集の月報で向井敏が書いているように、この「円の破れ目」は完成度の高い作品ではあるが、習作の域を出ない。とはいうものの、その後の開高の作品にみられるいくつかの特徴が既に現れているように思われるので、ここで取り上げることにする(本当のことを言うと、「パニック」を取り上げようと思ったのだが、気分が乗らないので、より短いこの作品で間に合わせようということである)。

 釣り好きであることから作者の分身と想像できる語り手は、戦争中であった中学時代に動員されて火薬庫を作っていた山奥を再訪する。彼は山奥での作業が終わると、釣りに出かけて自分の孤独を紛らわし、そのエネルギーを発散させていた。「私にとってこの谷は性の象徴だった」(458ページ)と彼は回想する。
 大学を中退して役所に勤めている彼は、その「砂を嚙むような、わびしい生活」(460ページ)、「多くの人々とおなじように閉じた円」(同上)から逃れようと、この思い出の場所に釣りにやってきたのである。
 
 しかし、時がたって、おりしも朝鮮戦争のさなか、山奥には米軍の基地が出来ていた。駅前は「けばけばしいくせに泥くさく安っぽい、どこにでもみかけられる基地の町」(454ページ)に変貌し、米兵相手の娼婦たちが狭い道を固まって歩いていた。基地に続く道を作るため、また戦後の山村の窮乏のために、山は姿を変え、語り手は谷に何物も発見することはできなかった。
 駅前に戻った語り手は、オートバイにまたがった一人の若い米兵が駅前の広場でその真ん中にある街灯めがけて全速力で車を走らせ、衝突の寸前にハンドルを立て直すという曲芸を演じているのを人々が眺めている場面に出会う。ところが、その米兵を一人の娼婦が必死になって止めようとしている。しかし、誰も取り合わない。「女の取り乱しぶりはばかげてわびしいものに私には思えた」(463ページ)。

 帰りの汽車に乗った語り手は、2人の商人風の男たちの会話を耳にする。最近、米軍の交代が激しいのは朝鮮での戦況が思わしくなく、最近は脱走する米兵が多いという話である。脱走して終身懲役になっても、戦死するよりはましだと考えているのではないかともいう。彼らが下車した後、語り手はある思いにとらわれる。駅前でオートバイを乗り回していた米兵は自殺しようとしていたのだ。「あれだけの速度がないと円は破れないのだ」(465ページ)。彼を止めようとしていた娼婦だけが、その事に気付いていたに違いないと彼は考える。

 語り手の見聞が語られるという体裁ではあるが、「パニック」になるとはっきりした形で現れるルポルタージュ風の語り口はまだ完成されておらず、そこが習作といわれるゆえんであろう。開高はその文学生活の初期に参加していた同人誌『えんぴつ』の紙面で、ジョン・ドス・パソスの『USA』を目指すという発言をしている(はじめ、左翼で、後に右翼に転向したという点でも、開高はドス・パソスと重なる軌跡を歩んだ)。おそらく彼の沈黙は、ルポルタージュ風の文体を獲得するための努力の時間であったはずである。

 あるきまった生活を強要する「円」の中に人々は暮らしているが、死力を尽くしてその「円」を破ろうとしている人間もいる。語り手は、駅前でオートバイの曲乗りをやっていた米兵を見かけ、その姿に自分と共通するものを見出す一方で、彼の孤独さにも気づく。誰からも理解されているとは思えない米兵の孤独は、語り手自身の孤独でもある。このような人々を拘束する「円」としての環境と、それに対する反抗というテーマは、その後の開高の作品で何度も繰り返されることになる。「円」はいろいろな形をとるし、それを破ろうとする企ても色々な形をとる。「流亡記」は「円」から脱出して砂漠の民の中に入っていこうとする主人公を描いて終わり、「玉、砕ける」は「円」に押しつぶされた中国の文学者の姿を描いている。「円」と反抗をめぐる彼の作品群の中には希望もあるし、失意もある。そういう彼の作品の特色が既にこの作品に認められることは記憶に値するのである。 
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