前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』

7月2日(日)曇り

 6月29日、前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書)を読み終える。5月20日に発行された本であるが、6月20日に第2刷が刊行されていて、私が入手したのはその第2刷の方である。本日(7月2日)の『朝日』朝刊の「売れてる本」のコーナーでも取り上げられていて、次第次第に売れ行きを伸ばしている本であるようである。

 子どものころにファーブルの昆虫記に出会った著者は昆虫学者を目指す。多くの昆虫の中でたまたま巡り合ったバッタの研究をはじめ、博士号を取得した。しかし、就職先はあまりない。バッタは時として大量発生して多大な被害をもたらすが、そういう現象は現在の日本ではまず起きない。世界に目を広げると、アフリカではバッタが大発生して農作物を食い荒らし、深刻な飢饉を引き起こすことがしばしば起きている。それで、研究が進んでいるか…と思うと、そうでもないようである。「過去40年間、修行を積んだバッタ研究者は、誰もアフリカで腰を据えて研究しておらず、おかげでバッタ研究の歴史が止まったままだということを知った」(5ページ)。そこでもアフリカのモーリタニアの国立サバクトビバッタ研究所での研究に出かける。
 「その結果、自然現象に進路を委ねる人生設計がいかに危険なことかを思い知らされた。バッタが大発生することで定評のあるモーリタニアだったが、建国以来最悪の大干ばつに見舞われ、バッタが忽然と姿を消してしまった。人生をかけてわざわざアフリカまで来たのに、肝心のバッタがいないという地味な不幸が待っていた。
 不幸は続き、さしたる成果を上げることなく無収入に陥った。なけなしの貯金を切り崩してアフリカに居座り、バッタの大群に会い見える日が来るまで耐え忍ぶ日々。バッタのせいで蝕まれていく時間と財産、そして精神。貯金はもってあと1年。・・・」(7ページ)

 モーリタニア(短期間フランス)での研究の顛末を綴った本であるが、「研究内容についてあまり触れていないのは、…ほとんど論文発表していないため、まだ公にできないという事情」377ページ)があって、研究成果を紹介する内容は少ない。しかし、それを補って余りある様々な情報が詰まっているというのもこの書物の特徴のひとつである。

 まず、著者がバッタについてのフィールド研究を展開したモーリタニアという国。著者は西アフリカと書いているが、北アフリカといってもいい、境界的な国である。国土の東の方はサハラ砂漠で著者の研究の主な場である。北には帰属をめぐって紛争中の西サハラ、そしてアルジェリアがあり、東ではマリ、南はセネガルと国境を接している。アフリカをサハラ砂漠から北と南に区分することが行われているが、そうすると境界線上の国ということになる。『地球の歩き方』にも載っていない国で、そのためかどうかは知らないが、著者は入国審査でつまずく。イスラム教国なので、アルコール類は販売されていないし、著者は日本から持参した酒類を没収されてしまう。男性は4人まで妻をもつことができ、著者の研究を運転手として助けたティジャニには2人の妻がいて、研究所の近くに住んでいるのは第2夫人の方だったのが、その第2夫人と別れて、新しい第2夫人と結婚することになる。著者がミドル・ネームに使っている「ウルド」とは何か。砂漠の中の塩の湖サッファと岩塩の採掘の歴史。そういうモーリタニアの社会や生活文化と自然のありのままの姿が断片的ではあるが、描かれているのが好奇心を満足させてくれる。

 それから著者自身が直面している研究生活や研究対象やテーマのしぼり方などは、研究者を目指す人には大いに参考になるはずである。バッタがなかなか現れないということになると、砂漠を代表する昆虫の1つであるゴミムシダマシ(ゴミダマ)の研究を始める。「このゴミダマの観察を通して、野外では、実験室では想定できないことがたくさん起こっていることを改めて思い知らされた」。(187ページ) 当たり前の結論かもしれないが、そこへ行きつくまでの経験によって千金の重みが加わっている。

 この書物にはそうした、著者自身の独特な経験の様々な様相がユーモアを交えて描きこまれている。著者が知り合ったビジネス情報誌『プレジデント』の編集者である石井伸介氏の指導もあったかもしれないが、専門的なテーマを一般向けに解説していく説明の能力はやはり天性のものではないかと思う。私はモーリタニアの北の方のマグレブ諸国に興味があって、かなり本も読んできたし、マリと砂漠の都市ティムブクトゥにも興味をもってきたので、そういう興味の延長として読むことができた。砂漠でのフィールド研究について書かれた部分はアウトドアの冒険の一例として読むこともできるだろう。いろいろな側面からなり、その側面のおのおのが輝いているような、多様な魅力をもった書物である。 
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ちょっと関心を持ちました

まず、本文中の間違いが気になりました。マグレブ諸国はモーリタニヤの南ではなく北にあります。単なるケアレスミスでしょう。「ティムブクトゥ」という表記では、地図の索引でも引っかかりません。「トンブクトゥ」が日本での表記となっているようです。
さて、たんめん老人はマリにも興味があるとのことですが、私は先日インターネットのショップでアフリカのグッズを見ていましたら、なかなかしゃれた私にも似合いそうな半そでシャツを見つけました。それは、メイドインマリでした。ちょっと高かったですが、思い切って買いました。今度お会いするときに着て行きましょう。

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ご紹介有り難く、この本読みました

この本を読む前に、先に書かれた『フィールドの生物学⑨ 孤独なバッタが群れるとき サバクトビバッタの相変異と大発生』(東海大学出版会)2012年刊(第4回いける本大賞受賞)を読みました。私はどちらかと言えばこの先に書かれた本の方が好きです。こんなにまでコツコツと漏れの無いよう、データだけに物を言わせるよう積み上げていく研究にほれぼれとしました。そのような研究を可能とした師との出会いなど、研究の背景が独特のユーモアや正直な告白で綴られているのは、2作目に共通です。「いける本大賞」の詳細は知りませんが、確かにそのような賞に値する素晴らしい本と思います。したがって、たんめん老人が「著者が知り合ったビジネス情報誌『プレジデント』の編集者である石井伸介氏の指導もあったかもしれないが、専門的なテーマを一般向けに解説していく説明の能力はやはり天性のものではないかと思う。」と言われるのはもっともだと思います。ただ、最初の本で、師匠である田中誠二博士(独立行政法人農業生物資源研究所)に手取り足取り論文の書き方を指導してもらったことが書かれているのですが、その中に、「一度読んで、誤解せずに簡単に理解できる文がよい」や「同じことを伝えるのならば、短い文の方がよい。」などと教わったことが書かれている。敢えてこのことを書いているということは、よほどこのことが彼にとって貴重なことであり、このことは論文のような場合に留まらない一般書を書くにも基本的なことだったということです。だから、天性のものもあるが、田中博士の指導もあってのことだと申し添えたい。
 この人全然秀才じゃない。例えば、『バッタを倒しに…』の「あとがき」に「ありがたみを漢字で書くと「有難味」になる。困難があったからこそ、余計にありがたみを感じられるようになったのだろう」などと書いている。「有り難い」というのは「有ることが難い」ということであって、「困難が有る」ということではない。なかなか得られない好意などをいただいた場合にそれが「有ることが難い―有り難い」と言って感謝する言葉だ。そういう言葉の感覚を持ち得ていないのはすくなくとも秀才ではない。そういう凡才の人間が、多くの論文を物し、採択され、研究関連の写真が学会誌の表紙を飾る(2度)までになり、京都大学の白眉プロジェクトにものすごい競争率の中で採用されるに至ったのである。アフリカでの研究成果が論文化されるまでに至っていない段階での一般書が『バッタを倒しに…』であり、歯がゆい感じがするのであるが、きっと成果を上げ、3作目も生まれることであろう。期待したい。何かの研究に携わる人は本物の研究の在り方を教わることだろう。私の高校時代の恩師は漢字音韻学の博士だったが、つねづね学問的業績を上げる元は、運鈍根だと言っておられた。まさにこの前野ウルド浩太郎は、運鈍根の人だ。「運」を言わない人が多いが、前野さんはこれについても語る。母校での講演で話したいこととして、「自分のように頭が足りなくても、大勢の人たちに助けてもらいながら努力を続け、運が良ければ「バッタの研究をして給料をもらう」という無茶な夢すらかなうのだ。」と書いている。
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