日記抄(6月25日~7月1日)

7月1日(土)曇り、時々雨

 6月25日から本日までの間に経験したこと、考えたことと前回書き落としたこと:
6月21日
 『まいにちロシア語』を聞いていたら、ロシア文学が日本文学に影響を与えた一例として、ゴーゴリの『外套』の一部が翻訳されて芥川の「芋粥」に使われているという話が出てきた。講師の先生は、帝政ロシアの小役人と、王朝時代の小役人という言い方をしていたのだが、「芋粥」の原作である『今昔物語集』の説話に出てくる「五位の侍」は決して「小役人」ではない。日本史事典の類で官職と位階の相当表を見ればわかることであるが、正五位が上国、従五位が大国の守(長官)ということになっており、現在でいえば知事クラスの存在である。芥川は「芋粥」を小役人が大事にしていた夢が、地方で過剰な接待を受けたことで敗れてしまった話として再話したが、『今昔物語集』の作者がこの物語を豪華な接待ができる利仁の富貴とその接待を受けた「五位の侍」の幸運とを話題として取り上げているのは本文を読めば明らかである。

6月24日
 横浜市営バスの小机駅前のバス停で降りて、JR横浜線の小机駅を通り抜けて、日産小机フィールドに向かったのだが、駅の構内に「ツバメの糞に注意してください」という掲示が出ていた。天井には確かにツバメの姿があり、通路にはいくつも黒いシミのようなものが出来ていた。

 NHKラジオ第二放送の「朗読の時間」は柳田国男の『故郷七十年』をとりあげはじめた。講談社学術文庫から刊行されているテキストと照らし合わせてみると、ところどころ飛ばして朗読していることがわかる。彼が13歳の時に次兄の井上通泰に伴われて兵庫県から上京、その後、茨城県の利根川畔で暮らしていた長兄松岡鼎のもとで暮らすようになって、東西の文化の違いを経験したこと(特に茨城県で農村の貧困の実態を知ったこと)、彼自身の記すところで「次兄に伴われて東京へ出たころはまだ東海道線が開通していなかった。神戸から船に乗る以外、方法のなかったころである。その2年後、両親や弟たちが後を追ってやってきたときは、東海道線を汽車で上京している」(22ページ)というような変化の激しい世相の中で十代を過ごしたことが、彼のその後の知的な好奇心に大きな影響を与えたことは容易に想像できる。彼は子ども時代にいたずらをして遊び歩く一方で、身近にあった本を乱読する読書好きな少年でもあった。神秘的な経験をする一方で、合理的な思考をする人であり、そのような自分の中の異質な要素の共存を自覚し、それをそのまま育てることのできる人であった。

6月25日
 小林敏明『夏目漱石と西田幾太郎――共鳴する明治の精神』(岩波新書)を読み終える。この2人は同じ時期に東大で勉強したが、顔見知りではあっても、親密な仲ではなかった。しかし、漱石の友人でもあり、西田の友人でもあるというような人は少なくはないのである。時代を並走した2人の巨人の交錯は日本の精神史のある側面を生きいきと描き出すものである。

 ニッパツ三ツ沢球技場でJ2第20節横浜FC対湘南ベルマーレの対戦を観戦する。横浜は何度かチャンスを作ったが、ゴールが遠く0-1で敗れる。
 なお、この試合は神奈川区民DAY!で神奈川区のゆるキャラであるかめたろうが応援にやってきた。三舟隆之『浦島太郎の日本史』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー)に「神奈川の浦島伝承の面白いところは、浦島の名前がこの地域の地名にも残ったことにある。・・・戦後、神奈川区内に浦島町の名前は残り、小中学校の校名ともなった。お祭りともなれば、浦島太郎の山車が町内を廻り回る」(157ページ)として、地元の庶民が浦島太郎の伝説と信仰を継承してきたことを記し、海岸で生活する人々の安全や幸福をもたらす信仰の対象へと浦島太郎が変容していることが指摘している。

6月26日
 『朝日』に最近、小学校で盛んにおこなわれるようになってきた「二分の一成人式」が一部の子どもたちにとってむしろ重荷に思われているのではないかという記事が出ていた。「二分の一成人式」もさることながら、「二倍成人式」、「三倍成人式」、「四倍成人式」・・・というのも考えてよかろう。まだまだ先の話だが、私の場合、「四倍成人式」が一つの目標になってきている。

6月27日
 NHK『ラジオ英会話』は”English Conversation Literacy"の一環として、雨にかかわる会話や言い回しを取り上げた。
Rain, rain, go away. (雨、雨、行きなさい)
Come again another day.  (別の日に戻りなさい)
Little Jonny wants to play. (小さなジョニーが遊べない)
Rain, rain, go away.      (雨、雨、行ってしまえ)
ということもの歌があるそうである。また次のような替え歌もあるという。
Rain, rain, go to Spain.    (雨、雨、スペインへ行きなさい)
Never show your face again.(二度と顔を見せないで)
 映画My Fair Ladyの中で、花売り娘のイライザが必死に練習するのがこれによく似た次の文である。
The rain in Apain stays mainly in the plain. (スペインの雨は主に平野に留まる)
いわゆるコックニーアクセントでは、rainをライン、Spainをスパインのように発音するので、それを直そうとする特訓に使われたのがこの文である。
 なお、このミュージカルの原作であるバーナード・ショーの『ピグマリオン』には2つの結末があって、イライザが英語を直してくれた言語学者と結婚するというのと、彼女に思いを寄せる若い紳士と結婚するという2つである。『マイ・フェア・レディ』は前者の結末になっているが、後者の結末を選んでも面白そうだと思う。

6月28日
 「ラジオ英会話」は”A Song 4 U"(今月の歌)で、ミュージカル映画Singin' in the Rain(1952年公開。邦題「雨に歌えば」)の主題歌”Singin' in the Rain"を取り上げた。歌のかなりの部分が、頭の中に入っていたので、歌いやすい気がした。

 NHKラジオ『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote"のコーナーで取り上げられた言葉:
You can never plan the future by the past.
   ――Edmund Burke (British statesman and political philosopher, 1729 -97)
(過去に基づいて未来を計画することは決してできない。)
 バークは近代保守主義の先駆者といわれているので、この言葉がどういう文脈と意図でいわれているのかを調べてみる必要がありそうだと思う。

 将棋の世界で史上最年少での昇段以来破竹の公式戦29連勝を続けている藤井聡太4段が、中学卒業後、将棋に専念するという意向を示しているそうである。進路選択は本人の自由ではあるが、私の意見としては、単位制でも、通信制でもいいから、高校に進学しておいた方がいいと思う。高校レベルの水準の教養は独学でも身につくかもしれないが、学校でいろいろな同輩ともまれあうのも一つの経験である。プロの棋士1本になった場合、将棋界の人、各界の有名人とつきあうことはあるだろうが、ごく平凡な人とつきあう機会は少なくなりそうだ。そういう機会を確保する手段の一つとして、高校に進学しておいた方がいいと思うのである。

6月29日
 『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote”のコーナーで紹介された言葉:
What would life be if we had no courage to attempt anything?
             ――Vincent van Gogh (Dutch painter, 1853 - 90)
(もし何かを試みる勇気が全くないならば、人生はどんなものになるのだろう。)

 千野帽子『人はなぜ物語を求めるのか』(ちくま新書)、前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書)を読み終える。それぞれ別の意味で、さまざまな要素が組み合わさってできている書物である。機会があれば内容を詳しく紹介してみたい。

6月30日
 神保町シアターで「映画監督 鈴木清順の世界」の特集上映から『東京流れ者』(1966、日活)を見る。もとヤクザの不死身の哲(渡哲也)は、足を洗ったはずのやくざ同士の抗争から抜け出すことができず、庄内、佐世保と旅をして歩くが、行く先々で抗争に巻き込まれる。独特な色彩の使い方や画面構成と、繰り返される主題歌が印象に残る一方で、ストーリーが弱いという問題も感じる。渡と、相手役の松原智恵子の若さ(松原さんの場合には美しさ)も記憶されてよい(もっとも、クラブの歌手という役どころは、松原さんには荷が重かったのではないかとも思う)。

 一ノ瀬正樹『英米哲学史講義』(ちくま学芸文庫)を読み終える。論理実証主義やプラグマティズムの辺りまでは何とかついていけるのだが、その後の部分になると難しいねえ。

7月1日
 『朝日』朝刊の地方欄に、金沢文庫の「元暁法師展」についての記事が出ていた。元暁(617-686)は新羅の高僧で、その『起信論別記』が金沢文庫に伝わっていたという。仏教の歴史では「三国」伝来という考え方があって、インド、中国から日本への伝来を重視するが、朝鮮半島を経由して日本に入ってきた文化も無視してはならない。元暁についても、同時代の日本の僧侶たちが彼から学んだものは大きいと思われる。その朝鮮では、儒教の影響が強くなって、仏教文化が衰え、むしろ日本の寺院の方が多くの朝鮮仏教関係の文献を残しているのは皮肉である。なお、金沢文庫には朝鮮の古い仏教文献に加えて、それをはるかに上回る中国の仏教文献が残されているそうである。などと、読んでいると、久しぶりに金沢文庫に出かけたくなった。
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