ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(22-2)

6月29日(木)曇り

 ベアトリーチェの導きによって、地球の南半球にそびえる煉獄山の頂にある地上楽園から天上の世界へと飛び立ったダンテは、月天、水星天、金星天、太陽天、火星天、木星天を歴訪し、それぞれの天で彼を出迎えた天上の魂と会話を交わして自らを高め、神のいる至高天に近づいてきた。そして惑星の中で一番神の近くにある土星天に達し、土星天から恒星天に達する階段を見る。その階段を降りてきたペトルス・ドミアーヌスは当時の教会の腐敗を批判した。次に彼は聖ベネディクトぅスに話しかけられる。聖ベネディクトゥスも修道会が堕落している現状を非難する。

必滅の者達の肉体は甘言にあまりに弱く、
下界において、善きはじまりは
樫の木が生えてからどんぐりが実るまでも続かぬ。
(336ページ) 人間は弱く、堕落しやすい。肉体的な快楽の誘惑にすぐに屈する。「樫の木が生えてからどんぐりが実るまで」という表現が身近で面白い。

 聖ベネディクトゥスは使徒ペテロによる教会運動の開始、彼自身の感想修道会運動の怪死、聖フランシスコによる修道会運動の根本的な刷新、つまり托鉢修道会運動の開始という教会の歴史を辿る。
ペテロは金も銀も持たずに教会を興し、
我は祈りと断食により、
フランチェスコは己を卑しくしてその集いをはじめた。
(同上) そして、教会・修道会は堕落しているが、その再生のために神の奇跡があるだろうと告げて、仲間たちの魂のもとに戻り、彼らは階段を一つにまとまって「竜巻のように渦を巻いて一度に昇っていった。」(337ページ)

 これまでダンテは、天国の中で、歴史上の人物との出会いを重ねながら、ローマ帝国の歴史、フィレンツェのれ役し、教会の歴史を教えられてきた。しかし通常の意味での歴史的存在である人物との出会いはここで終わる。ダンテは、この後、神との出会いの準備のために、それらの出会いで学んできたことの確認を行うことになる。

 ベアトリーチェは身ぶりひとつで、現世の生きた人間として、肉体をもち、重さのあるダンテの体を押し上げ、階段を上らせた。ダンテは想像できないような速度で階段を上がっていった。そして恒星の世界の中に身を置いていた。
私は、あなたが火のなかへ置く前に指を引いたとて
かなわぬほどの一瞬、それだけの時間で、
牡牛座に続く星座を見るやその中にいた。

おお、栄光に満ちた星々よ、大いなる力をはらんだ
光よ。わが才能は、それがどれほどのものであれ、
すべてその力に由来することを私は認める。
(338ページ) 地球上から見える「星座」は見かけの上のものであるが、ダンテの時代には恒星天の中の区画と信じられていた。「牡牛座に続く星座」は「双子座」で、その光は文筆や学問、学芸の力を地上に伝え、知性を活性化すると考えられていた。ダンテは太陽が双子座の位置にある5月14日から6月14日までの間に生まれたことをほのめかし、自分の学問と文筆の才能がこのことに由来しているとも述べている。

「あなたは究極の救いにこれほどまでに近づきました。
――ベアトリーチェは話しはじめた――ですからあなたは
明晰で鋭い眼光をもっているはずなのです。

それゆえ、あなたがさらにその中に入っていく前に
下方を注視しなさい。そして私がすでに宇宙のどれだけを
あなたの足下に置かせてきたのか見るのです。

この球をなすエーテルへとうれしげにやって来る
凱旋の軍列の前に、あなたの心が
可能な限り喜ばしげに現れるよう」。
(340ページ) ベアトリーチェはダンテが神に近づいたことを確認するために、それまでに獲得した視力を尽くして宇宙を振り返るように勧める。こうして

私はこの目でそれまでの七つの天球を皆
再訪した。そして見えた、この地球が、
あのようになって。その卑小な姿に私は笑みを浮かべてしまった。
(340ページ) 月、水星、金星、太陽、木星、金星、土星はそれぞれ地球よりも優れた存在であるように思われた。彼は宇宙の構造をこうして確認することができた。そして再び彼は地球に目を向けた。

我ら人類を野獣のように争わせる小さな麦打ち場は、
私が永遠の双子座とともに回転している間に、
その山々の頂から河口や海峡に至るまでの全容を私に露にした。

その後で私は目を美しい目に合わせた。
(342ページ)

 恒星天は人間の目の届く限界、つまり人間的世界と、神的世界との境界をなしている。ダンテは彼の時代の天文学の知識に従い、恒星もまた惑星(や月)と同様に太陽の光を受けて光っていると考え、土星天からそれほど遠くないところに恒星天があると考えたのであるが、望遠鏡を使って天体を観測したガリレイによって、このような宇宙観は根本的に修正されることになるのである。現実問題として、太陽に一番近い恒星から見ても、おそらく地球の姿をとらえることはできないのではないか。現代の天文学は、我々の世界が広大な宇宙のほんの一部分であることを示している。もし、ダンテが宇宙の広大さと、太陽が莫大な数の恒星の中の1つにすぎないということを知っていたら、果たして『神曲』を構想したであろうかと、考えてしまう。 
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