宮下奈都『ふたつのしるし』

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 6月19日、宮下奈都『ふたつのしるし』(幻冬舎文庫)を読み終える。2012年から2014年まで雑誌に連載され、2014年に幻冬舎から単行本として刊行された小説を文庫化したものである。

 東京で生まれ育った男の子ハル、北陸で生まれ育った女の子遙名、物語が始まる1991年5月に、ハルは小学校1年生、遙名は中学校1年生である。ハルは一人っ子で、自分の興味のあることに熱中して、学校では授業に関心を示さない。それで他の子どもたちに迷惑をかけていると担任の先生に言われ、他人に迷惑をかけることを嫌う父親と、他人に迷惑をかけたりかけられたりすることに比較的寛容な母親との口論が起きる。遙名には地域で一番の進学校に通う高校生の兄がいて、父親は彼女には数段劣る私立の女子校を勧めたりする。かわいい娘が幸せに暮らしていけることだけを考えていて、その内心には想像力が及ばない様子である。実は彼女は頭がよくて、成績もよいのだが、そのことで目立ちすぎないようにと作戦を立てて友達とつきあう。

 1997年に設定された第2話になると、ハルは中学生になり、遙名は東京の大学に通う大学生になっている。普通よりも発育が遅いハルはこの年齢になって乳歯が抜けるのだが、それを同級生に殴られたと誤解した担任がいじめがあったと思って両親に相談したことから、波紋が広がって本当にいじめを受けるようになる。幼稚園時代からずっと同じところに通っている健太は学業成績優秀、スポーツもよくできるという子どもだが、心中、ハルに敬服しているところがあって、彼をかばい続ける。遙名は就職した兄と入れ違いに同じ大学に入学する。入学はしたものの、これからどうするかが見えてこない。ある同級生からは過去から未来が見えてしまうと言われるが、そんなことはないと思っている。

 第2話の終わりの部分で、午後の授業に出ないことにした遙名が、中学校の前を通りかかり、養護教諭に付き添われて校庭に出たハルが乳歯を投げ捨てるのを見かける場面があるが、この2人がその後どういう運命をたどるかはその時点ではまだ見えない。2011年3月の大地震が物語を急転回させるとだけ書いておこうか。2人の主人公を比べてみると、遙名の方がよく書けているのではないかと思う。多かれ少なかれ、宮下さんの分身という側面もあるのではなかろうか:
「だいたい、洋司(遙名の父親)は娘に遙名ではなく駒子と名付けたかったのだという。『雪国』という小説に駒子という名のヒロインが出てくるのだそうだ。あるときそう教えられて、小学生だった遙名は緊張しながら『雪国』を手に取った。自分の名前のモデルになるかもしれなかった女性が出てくるのだ。ワクワクと読み始めて、怒りで顔を真っ赤にして本を閉じた。何を考えているのだ。あの父は娘に何を望んでいるのだ。駒子は不幸だ。駒子は愚かだ。その名前を娘につけたがるなんて。」(32ページ)
 善意は無知によって裏切られる。だから作戦が必要なのである。遙名は中学生のころから、OLになるまでずっと作戦をめぐらして生きていく。

 宮下さんの小説を読むのは久しぶりである。それで、このブログで取り上げるのも久しぶりである。1991年から約30年ということは、この小説が書かれた時点から見ても、また現在からみても未来に属する事柄までこの小説では語られているのだが、物語を構成する個々の挿話の時間的な間隔が空きすぎているようにも思えるし、説明不足を感じる部分も見られる。ハルの母親の事故死や遙名の兄が郷里での学校の教師を辞めて俳優修業を始める過程など、いわば物語の行間の謎になっている。宮下さんはこの作品と並行して、『羊と鋼の森』や『終わらない歌』の執筆にも取り組んでいたということで、その分、手間がかけられなかったのかなとも思ってしまう。

 そうはいっても、彼女の小説によくみられる展開、周囲に微妙な違和感を感じている主人公(この作品の場合は、主人公たち)と、それを理解する人々、まじめではあるが観察力と想像力が欠けているためにそれが理解できない人々との織りなす人間劇という大筋は共通する。この小説の題名は『ふたつのしるし』であって、『ふたりのしるし』ではない。二人はそれぞれ自分で見つけたしるしをもつようになる。物語の終わりの方で、遙名は娘の<しるし>に言う。「人生には意外と勘が大事です。」(211ページ) 物語は2人がどのようにしてその勘を磨いていくかについてだともいえる。作戦と勘はともに人生を生き抜くために必要なものに違いない。
 
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