夏目漱石『虞美人草』(5)

5月29日(月)晴れ、時々雲が多くなる

これまでのあらすじ
 外交官だった当主が任地で死んで、甲野家ではその後始末をめぐり混乱が収まらない。先妻の息子で大学で哲学を勉強した欽吾(27)は病弱なうえに厭世的・超俗的で、義理の母親とも、義理の妹である藤尾(24)とも折り合いが悪い。藤尾は、遠縁の宗近一(28)との結婚の話もあったが、英語の家庭教師をしている小野清三(27)に惹かれ、急速に接近し始めている。小野さんは大学卒業にあたって銀時計を頂いた秀才で、詩人として活躍する一方、博士論文の執筆中である。藤尾の母は、欽吾=甲野さんに愛想をつかしており、藤尾が将来有望な小野さんを養子にとって自分の面倒を見てくれることを考えはじめている。宗近君は外交官試験に落第して、浪人中である(再受験した)が、暢気に構えている様子が藤尾母子にはどうも気に入らないのである。一方、宗近君の妹で藤尾とは対照的に家庭的な女性である糸子(22)は甲野さんに惹かれているし、甲野さんも彼女に好意をもっている様子である。

 もともと孤児だった小野さんには井上孤堂という老学者に世話になって大学まで卒業したという過去があり、孤堂先生は自分の一人娘の小夜子(21)と小野さんを結婚させるつもりで、京都の住まいを引き払って上京してきた。孤堂先生と小夜子を連れて小野さんは上野の博覧会に出かけるが、同じ夜に宗近君、糸子、甲野さん、藤尾の4人が居合わせて、3人の様子を見ていた。孤堂先生は小野さんに結婚の約束の履行を迫り、小夜子の存在を知った藤尾は小野さんとの結婚に突き進もうとする。兄の質問に答えて、藤尾は宗近君ではなく、小野さんを選ぶと宣言する。

16
 甲野さんの家で甲野さんと藤尾が話していたのと同じころに、宗近の家では父親が前日買ってきた、自分では掘り出し物だと思っている煙草盆を使って、タバコを吸っている。安定と落ち着きの感じられる場面である。そこへ宗近君がやってきて、しばらく骨董だの盆栽だのの話をした後、五分刈りから髪を伸ばし始めたと話題を転じる。まだ変わり映えのしない頭ではあるが、外交官試験に合格したので、1か月後には西洋に赴任することになるという。実は2,3日前に通知を受け取ったのだが、頭ができるまでと思って黙っていたのである。
 無作法な一が西洋に行くのはよい修行になるだろうという父親に対し、宗近君は「無作法な裏と、奇麗な表と」(305ページ) の二通りの人間をもって出かけなければならないから面倒だと答える。日本も「文明の圧迫が激しいから上部(うわべ)を奇麗にしないと社会に住めなくなる」「その代り生存競争も烈しくなるから、内部は益(ますます)無作法にな」(305-6ページ)ると父子の文明批評は開化後の日本にまで及ぶ。〔この文明批評や、ここでは省略した英国の悪口は、漱石自身の経験から出たものであるが、まだヨーロッパに出かけていない宗近君とその父親がこれほど奥に入り込んだ批評ができるとは思えず、不自然な感じがする。〕
 外交官試験に合格したのであれば、任地に赴くまでに結婚の話も決めておいた方がよいという父親に対して、宗近君は藤尾と結婚したいという。そのことについて、甲野の父親が生きていた自分に内々の相談はあったのだが、そのままになっていると父親は言い、先日、藤尾の母が訪問してきて長々としゃべっていったと語る。
 宗近君とは良縁ではあるが、まだご本人の身分がきまっていない(15で藤尾の母は外交官試験に合格するわけはないと自信満々に断言していたのだが、合格した);甲野さん(欽吾)が家を出たいと言っている、そうなると藤尾に養子をとることになるが、それも世間体が悪くて困る、かといって藤尾を嫁にやると自分ひとりになってしまって心細くなって困る…と要領を得ない。どう報告していいのかわからずに、今日まで黙っていたというのである。(藤尾の母親が宗近家を訪問してこの話をしたくだりは10に描かれている。藤尾の母親の方では、遠回しに断ったつもりなのだが、遠まわしすぎて、意味が通じていない。これが後の悲劇につながる。ついでに言えば、宗近君が外交官試験に合格の通知を受け取った時にすぐ、合格祝いをやっていれば、物語も変わっていたであろう。藤尾の母親が断りが通じたはずだと思っているのは、15に出てくる藤尾との対話から明らかである。)
 宗近君は問題解決に乗り出すことになる。まず、甲野さんを説得して家を出るという決心を辞めさせ、糸子と結婚させる(甲野さんと糸子の結婚については、藤尾と藤尾の母を含む周囲の全員が反対していない。それなのに、甲野さんだけが躊躇しているという奇妙な状態が続いている)。それから藤尾との結婚を申し込むというのである。
 彼はまず糸子の意向を確かめようとする。糸子は中二階の自分の部屋で、珍しく(というのは普段ならば針仕事をしているのだが)本を読んでいる。何を読んでいるのか見せようとしなかったが、甲野さんから借りた本である。宗近君は糸子に結婚するつもりがあるかどうかを尋ね、自分が外交官試験に合格したこと、藤尾と結婚するつもりであることを告げる。糸子は13で甲野さんと2人きりで話したときのことが気になっていて、彼との結婚に消極的であるが、兄が藤尾と結婚しようとしていることには反対する(10で藤尾の母親が宗近邸にやってきて話をしている時に、同じ部屋で兄に対して同じことを言っていた)。宗近君は妹が心から甲野さんを理解しようとしていることを知り、是が非でも2人を結びつけようと考える。

17
 孤堂先生に小夜子との結婚を迫られた小野さんは、同じく孤堂先生の門下で法学士の浅井を郊外に呼び出す。帰省から戻ったばかりの浅井は手元不如意で小野さんから金を借りたいという。金を用立てる代わりに小野さんは、小夜子との結婚は博士論文の件があるのでないことにして欲しい、その代わり先生の面倒は一生見るからと伝えてくれるように依頼する。
 まだ就職が決まっていない浅井は宗近君のところに就職運動に出かけようかと思っているという。小野さんは宗近のところで孤堂先生の一件は話さないでくれと釘を刺す(言われなくても話さないはずで、この辺りが小野さんの紀の弱いところである)。

 小野さんが甲野の邸までやってきたのと同じ頃に、宗近君も甲野の邸にやってくる。小野さんは富士夫のところに向かい、宗近君は金後の書斎へと入り込む。外交官試験に合格したという宗近君に、甲野さんは藤尾と小野さんの姿を見せて、藤尾との結婚を諦めるように言う。宗近君は糸子が言っていたことが正しかったと知る。義理の母や藤尾と一緒に生活していると堕落する、だから家出をするという甲野さんに対して、どんなときでも糸子は君の味方になって支えていくはずだと2人の結婚を勧める。

 1~19までで構成されるこの小説であるが、次の18で物語が急転し、事実上の決着がつく。19は余燼という感じである。それで、今回は18まで紹介するつもりだったのだが、17でとめておくことにした。オースティンの『エマ』を読んだ後で、この小説を読むと、かなりうまく書けてはいるがやはり見劣りがするという感じが否定できない。(エマ⇔藤尾、ジェーン⇔小夜子、ハリエット⇔糸子というふうに考えてみると、漱石が男性でオースティンが女性だということを勘定に入れても、オースティンの方が女性たちの愛すべき側面を巧みに掬い上げているという感じはする。もっとも、ハリエットと糸子を比較すると、糸子もなかなかよく書けていると思うのは、多少のひいき目かもしれない。)
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