田中啓文『浮世奉行と三悪人』

5月26日(金)雨のち曇り

 5月22日、田中啓文『浮世奉行と三悪人』(集英社文庫)を読み終える。文庫版の扉に「本書は「web集英社文庫」で2017年2月から5月まで連載された作品に、書き下ろしの「化け猫騒動の巻」を加えたオリジナル文庫です。」とある。ということは、文庫本ながら、この作者の最新作らしい。

 大塩平八郎の乱(1837)が起きてからまだ10年とは経っていない大坂の西横堀に近い浮世小路というまさに浮世の縮図のような一角で竹光屋という聞きなれない商売を営んでいる雀丸が物語の主人公である。もとは藤堂丸之助という武士で、先祖代々の職を継いで大阪弓矢奉行付き与力であったのが、ある事件が元で武士を辞め、器用な手先を生かして竹光作りの仕事を始めた。太平の世が続き、刀を手放したり、質入れしたりして当座の金策に充てる武士が少なくない。本物そっくりの竹光がつくれる雀丸の仕事は、繁盛とは言えないまでも、生計を立てるには十分である。父母はすでに亡く、祖母と2人暮らしであるが、この祖母というのが、豪放で傍若無人、しかもいまだに武家気質が抜けないという肥え太った老婆で、隅に置けない存在である。

 ある日、雀丸は大川端で3人の武士に取り囲まれ、脅しを受けている老人を、助ける。彼の家を探し当てた老人は大坂横町奉行の松本甲右衛門と名乗り、横町奉行の仕事を継いでくれないかと頼んでくる。まだ若いのでそんな仕事はできないという雀丸に、「機転と人望と度胸」が備わった雀丸以外に適任者はいないという。
 しかし、横町奉行とはどういう役職であるか。作者である田中さんは次のようにいう:
「本作に登場する「横町奉行」は、大坂町奉行に代わって民間の公事を即座に裁く有志の町人という設定ですが、これはもともと有明夏夫氏の「エレキ恐るべし」(『蔵屋敷の怪事件』収録)という短編に一瞬だけ登場する「裏町奉行」という存在が元になっちまう。この「裏町奉行」についていろいろ文献を調べ、大坂史の専門家の方にもおたずねしたのですが、どうしてもわかりません。有明氏の創作という可能性もあるのですが、ご本人が2002年に亡くなっておられるため現状ではこれ以上調べがつきません。そのため本作では「横町奉行」という名称にしておりますが、これは作者(田中)が勝手に名付けたものであることをお断りしておきます。」(358ページ)

 この書物の「解説」を担当している細谷正充氏が引き合いに出している田中さんの言葉によると:
「時代小説の役割の中で一番重要なのは、読者を、一時、現実を離れさせて、かつて日本に存在したある種の『空気』に浸らせてやることである。それが出来ていれば、その作品は8割方成功したといえるだろう」(363ページ)という。
 作中で松本甲右衛門lは言う:「この大坂は町人がおのれの手で作り上げ、守ってきた町や。江戸とちごうて、侍の数も少ないさかい、昔から、侍なにするものぞ、という気風がある。けど、近頃ではろくでもない侍が大坂にも増えてきた。そういう手合いが町人をいじめても、お上も見て見ぬふりや。」(40ページ) 大坂の町が本当に町人の町だったかどうかという歴史上の議論はさておいて、そんな雰囲気の中で、町人代表の「横町奉行」(浮世小路に住んでいるので「浮世奉行」と呼ばれるようになる)の活躍を、われわれは歓迎してもよいと思うのである。

 甲右衛門の頼みを辞退し続ける雀丸であるが、甲右衛門を脅していた3人の侍が藩主のものである名刀をこっそり質入れして茶屋への借金の返済に充てたのはよいが、その質が流れてしまった一件(横町奉行が質流れを当然だと裁定し、それが国許に知れて3人の侍は家禄を減らされるなどの処分を受け、何とか刀を取り返そうとする…)の顛末を描く「雀丸登場の巻」、親分の代参で住吉大社に脇差を奉納しようとやってきた江戸のやくざ者が3両という金が入った財布を拾い、落とし主に届けようとすると受け取らないというどこかで聞いたような話が贋金づくりの本拠を暴き出すという方向に発展する「三すくみ勢揃いの巻」、大坂の街の連続放火事件の犯人は化け猫だという噂に挑む「化け猫騒動の巻」の3つの事件を通じて、横町奉行の仕事を引き受けることを決心する。

 もともと奉行の仕事を助けてきた三悪人:悪徳商人の地雷屋蟇(ひき)五郎(ガマ)、女侠客の口縄の鬼御前(ヘビ)、ナメク寺とあだ名される貧乏寺の住職であるからくり好きの生臭坊主大尊和尚(ナメクジ)(ガマ、ヘビ、ナメクジで三すくみ)というそれぞれ表向きは煮ても焼いても食えそうもないはみ出し者に加えて、嘘八百を並べて酒席を明るくすることを業とするしゃべりの夢八といった個性的な面々が雀丸を助ける。同じ江戸時代の大阪を舞台とする『鍋奉行』シリーズにくらべると、町人の生活に関心が向けられ、登場人物が少なくなっている代わりにそれぞれの個性が強く打ち出されているところに特色がある。カバーには「新シリーズ」とあり、これからも続編が刊行されるらしい。楽しみである。
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