カルヴィーノ『まっぷたつの子爵』

5月23日(火)晴れ、気温が上昇した一方で、風もかなり強く吹いている。

 5月19日、カルヴィーノ『まっぷたつの子爵』(岩波文庫)を読み終える。20世紀後半のイタリアを代表する作家のひとりであるイタロ・カルヴィーノ(Italo Calvino,1923-86)が1952年に発表した、彼自身にとっての第2作。第二次世界大戦中に自らが参加したレジスタンスの経験をもとに書き上げた「くもの巣の小道」(1946、出版は1947)の後、冷戦時代を迎える中で新しい文学を模索していた彼が、ほんの手すさびのつもりで書き始めたという寓話的・幻想的な小説である。

 むかしむかし、イタリアのテッラルバ(夜明けの土地という意味だそうである)の貴族であるメダルド子爵はキリスト教徒の皇帝の軍に加わってトルコ人と戦うためにボヘミアの平原に馬を進めていた。不吉な予兆があちこちに見られたにもかかわらず、子爵はまだ若く
「あらゆる感情が一度に噴き出して、善悪の区別も定かにつかない年ごろだった。そして死の影に満ちたむごい経験であっても、そのひとつひとつがみな新しく、人生の愛に熱くおののいて見える年ごろだった。」(8ページ)

 トルコ軍との戦闘の中で、(無知も手伝って)勇敢にも大砲の真正面に立ちはだかっためどるとは、砲弾を浴びて、空中に吹き飛んだ。戦闘が終わって、死傷者の体が収容され、選別されたが、メダルド子爵の体は負傷者の車に収容された。しかし病院で調べてみると、彼の体は「右半分だけしか助からなかった。ただし助かった部分は完全に無傷な状態を保っていた。」(22ページ) 軍医たちの手術の結果、「まっぷたつになりながら、彼はいま生き返った。」(23ページ)

 戦場から帰ってきたメダルド子爵を迎えたテッラルバの人々は、彼が右半分だけの体になって戻ってきたことを知る。メダルド子爵は、息子の帰還を待ち受けていた父親のアイオルフォ子爵に挨拶もせずに自室に引きこもった。息子が悲しくも野蛮な性質になって戻ってきたことを予測していたのであろうか、父親歯芸を仕込んでいた小鳥を息子の部屋に使いに出すが、その小鳥は片翼をもがれ、片足をむしりとられ、片目を抉り取られたむごい死骸となって窓の外に投げ捨てられていた。父親は床に臥せり、まもなく息を引き取った。

 父の死後、メダルドは城を出るようになった。見るもの、触れるものをすべてまっぷたつに切り落として歩き回っていたので、従僕たちが彼の後を追うのは容易であった。メダルドのおいで、物語の語り手である少年はかごに入った半分のきのこを与えられるが、それは毒キノコであった。メダルドの乳母であったセバスティアーナは、「メダルドの悪い半分が返ってきたのだ。今日の裁判もどうなることやら」(35ページ)と心配した。
 領地で起きた事件を裁くのは領主である子爵の権限であった。子爵は被告である山賊たちに強盗の罪で、山賊たちが密猟者だといった被害者のトスカーナの騎士たちを、密猟の罪で、そして密猟者の悪事に気付かず山賊行為を予測できなかった職務怠慢の罪で警務員たちにまで縛り首の刑を言い渡した。
 絞首台つくりの仕事を請け負わされたピエトロキョード親方は実直で、腕の立つ職人だったので、処刑者の中に自分の知人がいることに悩み苦しみながらも、今回の死刑囚よりもはるかに多い罪人を一度に処罰することの出来る絞首台を作った。そこで子爵は、罪状ごとに、それぞれ10匹の猫を同時に縛り首にすると宣告した。

 叔父が自分の領地を勝手に支配している時代であったが、語り手にとっては幸せな日々が続いていた。アイオルフォ子爵の娘でメダルドには姉にあたる母親が、密猟者と駆け落ちして、その結果生まれた子どもであり、父親も母親も死に、祖父のアイオルフォのお情けで子爵の城に引き取られてセバスティアーナに育てられた彼は、主人でもない、使用人でもない立場にあって、自由を享受していた。そして、イギリス人でキャプテン・クックの航海にも乗り組んだことがある(航海の最中は下の船室でトランプばかりしていたという話である)。テッラアルバで暮らすようになってから、彼は医者らしい仕事はあまりせずに、自分の研究に没頭していた。語り手の少年はその研究の助手として森の中を歩き回っていたのである。彼が人魂の研究をしているという話を聞いて、メダルド子爵は領主におさめるべき農作物をきちんと差し出さなかったという理由で農民10人を死刑にした。トレロニー博士はこの援助に震え上がってしまった。
 しかし、子爵の恐怖政治のもとでも、喜びがないわけではなかった。テッラアルバにはきのこ平という集落があって、ライ病にかかった人々が住んでいた。彼らは他の人々の施し物で生きていたのであるが、自分たちの畑でいちごを作っていて、そのおかげでいちご酒には1年じゅう不自由せず、ほろ酔い加減を続けていた。
 メダルド子爵は悪行を続け、あちこち放火して歩いただけでなく、乳母のセバスティアーナがライ病ではないのに、きのこ平に追いやってしまう。海岸でカニをとっていた語り手に向かい、メダルドは半分になったタコを見せながら、「もしもお前が半分になったら、…普通の完全な人間の知恵では分らないことがおまえにもわかるようになるだろう。おまえはおまえの半分を失い、世界の半分を失うが、残る半分は何千倍も大切で、何千倍も深い意味をもつようになるだろう。そしてお前はすべてのものがまっぷたつになることを望むだろう、お前の姿どおりにすべてのものがなることを。なぜなら美も、知恵も、正義もみな断片でしか存在しないからだ」(72ページ)という。語り手はこの言葉が聞こえないふりをしながら、自分の周囲の人々がみなまっぷたつの姿をしていることに気付く。「彼こそは、ぼくたちが仕える主人であり、ぼくたちがあ逃れることのできない、主(あるじ)だった。」(73ページ)

 語り手である少年と、テッラアルバの人々は、この半分だけの子爵の暴虐から逃れることができるのであろうか。

 パソコンの調子が悪く、ほとんど書きかけたこの稿の原稿が2回も消えてしまったので、本来ならば1回で済ませるはずだった紹介の論評を2回に分けることにした。起伏に富んだ物語の進行の中で、一方で幻想的な記述があるかと思うと、その一方で森や海岸の動植物についての詳しい記述もあって読んでいて飽きない。後半では、子爵がある娘に恋をして、物語の構成要素がさらに膨らんで面白くなる。 
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