夏目漱石『虞美人草』(4)

5月22日(月)晴れ、気温上昇

主要登場人物
(甲野家)
 外交官であった当主が任地で没し、先妻の生んだ長男の欽吾(27)、後妻、後妻の生んだ娘の藤尾(24)の3人暮らし。
欽吾 大学で哲学を勉強し、卒業後は特に職に就くこともなく思索にふけっている。財産は妹の藤尾に譲って、家を出ようと思っているが、義理の母親が本心と逆のことばかり口にしているので、悩みが深まっている。
藤尾 「紅を弥生に包む昼酣(たけなわ)なるに、春を抽(ぬき)んずる紫の濃き一点を、天地(あめつち)の眠れるなかに、鮮やかに滴(した)たらしたるが如き女である。夢の世を夢よりも艶(あでやか)に眺めしむる黒髪を、乱るるなと畳める鬢(びん)の上には、玉虫貝を冴々(さえざえ)と菫(すみれ)に刻んで、細き金脚(きんあし)にはっしと打ち込んでいる。(以下略、23ページ)」と漱石は描写している、<紫>の着物を好む美人である。宗近家の長男である一と、父親同士では結婚の内約があったが、英語の家庭教師をしてもらっている秀才で詩人の小野に心を移している。
藤尾の母 義理の息子である欽吾に不満を持ち、外交官試験に落第した宗近一にも愛想をつかし、卒業に際して銀時計をもらった秀才の小野を将来有望と考えて、藤尾の婿に迎えようとする。しかし、外聞を気にしてその本心とは逆のことばかり言う。

(宗近家)
 甲野家とは遠縁であるが、家庭の様子はかなり違っている。母親は没した様子であるが、第一線を引退したらしい父親と、長男の一(28)、娘の糸子(22)の3人が、下女の清、あまり役に立たない書生の黒田と仲良く暮らしている。甲野家がよかれあしかれ観念的・思弁的(あるいは審美的)傾向があるのに対し、こちらは実際的・実用的な傾向が強い。
一 大学卒業後、外交官試験を受験したが、落第。2度目の受験をしたらしいが、その結果はまだわからない。藤尾からは趣味が合わないと嫌われ、藤尾の母からは馬鹿にされているが、まだ藤尾との結婚をあきらめてはいない様子である。国士的な気概と実際的な能力を持つ男性で、妹想いの兄でもある。
糸子 「丸顔に愁(うれい)少し、颯(さつ)と映る襟地(えりじ)の中から薄鶯の蘭の花が、幽(かすか)なる香を肌に吐いて、着けたる人の胸の上にこぼれかかる。」(88ページ)と漱石は描写している。裁縫が好きな家庭的・実用的な性格で、教養も才芸も豊かとはいえないことで藤尾に劣等感を抱いているが、欽吾は糸子の方が好ましいと思い、糸子も欽吾に思いを寄せている。
宗近の父親 実業家であったのか、官吏であったのかは不明。引退して、謡や盆栽、骨董など趣味三昧の生活をしている。自分の子どもや欽吾など若い世代とよく話し、尊敬を受けている。

小野清三(27) 恵まれない環境に生まれ育ったが、京都で井上孤堂先生の世話になって頭角を現し、文科大学を優等の成績で卒業して銀時計を得た。博士論文の執筆中である。孤堂先生は娘の小夜子と結婚させたい意向であるが、本人は英語の家庭教師をしている藤尾の美貌と財産とに惹かれ始めている。孤堂先生が京都の住まいを引き払い、小夜子とともに東京に移住してきたことで決断を迫られている。

井上孤堂 小野さんが若いころに世話をした。教師をしていたらしいが、今は年金暮らしである。昔気質の老人で、京都から東京に出てきて、当惑しながらも、娘と小野さんの結婚に夢をつないでいる。
小夜子(21) 孤堂先生の一人娘。東京の女学校を中退して、京都で暮らしはじめて間もなく母を失い、父と二人暮らしである。「真葛が原に女郎花が咲いた。すらすらと薄を抜けて、悔(くい)ある高き身に、秋風を品よく避けて通す心細さを、秋は時雨れて冬になる。茶に、黒に、ちりちりに降る霜に、冬は果てしなく続く中に、細い命を朝夕に頼み少なく繋なぐ。冬は五年の長きを厭わず。淋しき花は寒い夜を抜け出でて、紅緑に貧(まずしさ)を知らぬ春の天下に紛れ込んだ。地に空に春風のわたるほどは物みな燃え立って富貴に色づくを、ひそかなる黄を、一本(ひともと)の細き末に頂て、住むまじき世に肩身狭く憚りの呼吸(いき)を吹くようである。」(133ページ)と、漱石は彼女の境遇、性格、容姿をひとまとめにして女郎花に譬えている。女郎花の花は秋に咲き、淡黄色であるから、春と紫のイメージを重ねられている藤尾と対照的に描き出されている。京都での住まいの隣の旅館から彼女を見かけた宗近君が「藤尾さんよりわるいが糸公より好いようだ」(52ページ)と遠慮のない感想を述べている。東京に戻ってきたが、小野さんとの距離が出来てしまったことに引け目を感じている。

これまでのあらすじ
 京都に旅行に出かけた宗近君と甲野さんは、旅館の隣に住む娘(小夜子)を嵐山への花見でも見かけ、さらに東京に帰る汽車にも乗り合わせているのに気づく。2人の留守中に藤尾と小野さんの関係は深まっているのだが、そんなことを知らない孤堂先生は小夜子を連れて東京に出てきたのである。上野で開かれている博覧会に出かけた宗近君、甲野さんは、小野さんが孤堂先生と小夜子を案内してやってきているのを見かけ、彼らの関係に薄々と気づく。2人に同行していた藤尾と糸子も3人の姿を見て、それぞれの感想をもつ。翌日、小夜子は小野さんと買い物に出かけようとするが、小野さんは他に用があるのでと同行を断り、買い物を引き受ける。小野さんの訪問を受けた藤尾は、小野さんからしばらく顔を見せなかった事情を聞き出し、いよいよ小野さんの決断を迫る。

13
 散歩に出かけた甲野さんは宗近君の家に立ち寄るが、宗近君もその父親も不在で、使用人も取次に出ないので、家にいた糸子が相手をする。糸子は前日の博覧会で、兄が噂をしていた京都の女性を見かけたことを話題にする。小野さんが「美しい方を連れていらしったでしょう」(227ページ)と言い、兄と甲野さんが何度も彼女と出会っているという話を面白がるが、甲野さんは宗近の家の庭の片隅に咲いている鷺草(さぎそう)とも菫(すみれ)とも判断できない花に、糸子の注意を向けさせて、小夜子をこの花に譬える。小さいので、その美しさに気付く人がいない哀れな花だと言い、自分の美しさを利己心の満足のために利用する(そんなことははっきりとは言わない)藤尾のような女は、小夜子のような女を5人殺すとまで言う。そして糸子には、今のままでいる方がいい、結婚すると女は変わると言い残す。
 「可愛らしい二重瞼がつづけ様に二、三度またたいた。結んだ口元をちょろちょろと雨竜(あまりょう)の影が渡る。鷺草とも菫とも片浮かぬ花は依然として春を乏しく咲いている。」(232ページ)
 糸子は、当惑している様子である。偶然というか、行きがかり上そうなってしまったということではあるが、甲野さんの言っていることはあまり適切な発言とは思えない。遠まわしすぎて、通じにくいが、甲野さんの言葉をつないでいけば、糸子が好きだけれども結婚してうまくやっていく自信がないということであろう。それを糸子がどの程度理解したか、あるいはそういう「空気」だけを感じたのか、というのは今後の物語の展開の一つの要素となる。(漱石の描き出した小夜子の像と、甲野さんのとらえている小夜子の像がどのように違っているかというのも興味ある問題である。)
 物語の展開とは関係がないが、この時代には「鷺草」というのは普通に見かけられた草花であったようだ。今では九品仏浄真寺など限られた場所でしか見ることのできない植物になってしまった。

14
 外出中の宗近君は小野さんが紙屑籠とランプの台をもって歩いているのを見かけて、呼びとめる。小野さんは小夜子から聞いた買い物をして、孤堂先生の家に向かう途中なのである。藤尾を宗近君から奪うという意識がある小野さんは何となく落ち着かないが、宗近君は博覧会で見かけた小野さんの連れについて質問する。宗近君と別れた小野さんは、孤堂先生の家に急ぐ。
 一人で留守番をしていた孤堂先生は体調が悪く臥せっていたが、起きてきて、小野さんの相手をする。小夜子との結婚についてはっきりさせることを急ぐ先生に対し、小野さんは2・3日の猶予を申し出る。先生の家を出た小野さんは落ち着かない気分で、歩きながら道の向こう側を歩いて帰ってくる小夜子と下女の二人連れをやり過ごす(この時代の道は狭いけれども暗かったので、こういうことがありえたのであろうか)。

15
 甲野邸を訪問した小野さんは欽吾が使っている(もとは彼の父親のものであった)書斎を羨ましく思い、この書斎が自分が使えたらと空想にふける。その書斎では甲野さんがイタリアの厭世的な詩人であるジャコモ・レオパルディ(1798-1837)の『随想録』を読みながら抜き書きをしている。
 その間、藤尾とその母は小野さんを夫として選ぶという藤尾の決心を欽吾に話したか、この決心が宗近の方に伝わっているかについて話している。母親は話が伝わっているはずだというが、藤尾はもっとはっきり言うべきだと主張する。母親は藤尾と小野さんが大森へ行くという約束を思い出す。当時大森は行楽地として知られていて、2人で出かけるということは既成事実を作ってしまおうということであった。
 甲野さんの部屋に出かけた母親は藤尾の面倒を見てほしいというが、甲野さんは藤尾の方で世話になるつもりはないだろうという。藤尾の縁談を話題に持ち出すのに先立って母親は甲野さんに結婚する意志があるのかどうかを質問する。甲野さんは藤尾の方を先にした方がいいだろうという。家も財産も藤尾にやると甲野さんはいうが、母親はそれでは世間に対して面目が立たないという。そして藤尾と小野を結婚させたいというが、甲野さんは宗近の方がいいのではないかという。母親に呼ばれてやってきた藤尾は宗近君ではなく、小野さんを選ぶという。「趣味を介した人です。温厚の君子です。――哲学者には分らない人格です。あなたには一さんは分るでしょう。しかし小野さんの価値(ねうち)は分りません。決して分りません。一さんをほめる人に小野さんの価値が分る訳がありません。…‥」(298ページ)

 自分の優柔不断を悩んでいる小野さんを「温厚の君子」というのは藤尾の買い被りである。もっと問題になるのは、有名な『日記』を残したスイスのアンリ・フレデリック・アミエルや、もっと有名なところを引き合いに出せばフリードリッヒ・ニーチェに見られるように詩と哲学とは対立するものではないということである。甲野さんが日記にレオパルディの語句を書き記すのは暗示的である。藤尾は自分は兄と違って詩を理解していると思っているが、実は甲野さんの方が詩を理解していると漱石は仄めかしているように思われる。
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