日記抄(5月7日~13日)

強調文5月13日(土)雨
 5月7日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、また前回書き落としたことなど:
5月1日
 『朝日』の「俳句時評」で恩田侑布子さんが「震源としての俳句」と題して、中村草田男の俳句について書いている。「<萬緑の中や吾子の歯生え初む>など、人口に膾炙した句も多い」とあるが、一番有名なのは「降る雪や明治は遠くなりにけり」だろう。あまり有名すぎて引き合いに出すのが躊躇されたということだろうか。

5月2日、3日とバスの車窓から富士山が見えた。
まだ白き富士を遠くに見る五月
誰かがもう作っていそうな句である。

5月4日
 1919年のこの日、中国では北京の学生たちが山東返還などを求めデモを行い、それが全国に拡大した。5・4運動である。同じ年の3月には朝鮮で3・1独立運動が起き、前年の1918年8月には日本で<米騒動>が起きていた。

5月6日
 NHKラジオ第二放送の「朗読の時間」で漱石の「草枕」を聞く。若い頃に読んで、読み落としたところ、意味が読み取れなかったところに気付き、なかなか面白かった。

5月7日
 横浜FCはアウェーで東京ヴェルディと引き分け、首位を守った。
 プレナスなでしこリーグ1部で、ノジマステラ神奈川相模原が日テレベレーザと0-0で引き分けた。引き分けとはいえ、勝利に等しいような試合結果である(試合内容は知らない)。ノジマステラはカナダ人のGKが目立っているが、選手全員の力でこの結果を勝ち取ったということであろう。

5月8日
 宝塚の娘役から映画界入りして活躍した月丘夢路さんが亡くなった。「佳人薄命」という昔の中国の詩人の言葉を裏切って95歳の長寿であった。高峰秀子さんより1歳年長だったのだが、『二十四の瞳』では教え子(が成人した)役を演じた(『ジャイアンツ』でキャロル・ベーカーが自分より1歳年下のエリザベス・テイラーの娘の役を演じているのを思い出す)。これも美貌のなせる技であろう。出演作では川島雄三の『あしたくる人』の印象が強い(京都の場面が多いからかもしれない)。広島の出身で、自主製作映画『ひろしま』に五社協定を破り、出演料なしで出演したことでも知られる。宝塚の先輩で被爆死した園井恵子(『無法松の一生』の吉岡夫人役で知られる)と共演したことがあって、その時のことなど語っている資料があれば入手したいと思っている。ご冥福を祈る。

5月9日
 足立恒雄『無限の果てに何があるか 現代数学の世界』(角川ソフィア文庫)、吉田健一『酒談義』(中公文庫)を読み終える。足立の書物の中で、「無限」についてのパスカルの発言を批判している部分が興味深かった。パスカルという人は、数学者、自然科学者としては優れた才能を示した人だったようだが、キリスト教護教家としてはどうもお粗末ではなかったかという気がしてならない。

5月10日
 『朝日』に連載されている作家の北方謙三さんの想いで話の中に、新宿ゴールデン街にあった内藤陳の「深夜+1」という酒場のことが出てきて興味深かった。内藤が死んだので、この店もなくなったはずだが、確かなぎら健壱さんの酒場探訪記の中にこの店のことが紹介されていた。むかし、日劇ミュージック・ホールに時々出かけた時期があって、幕間に出演していた内藤を見たことを思い出す。

5月11日
 『朝日』の朝刊に、高等教育の無償化を実現するための「教育国債」の発行という議論に財政審議会で反対意見が続出したという記事が出ていた。その理由の1つは「高等教育は個人の利益になる面が多く、国の借金で賄うのは反対」というものであった。吉川徹『学歴分断社会』(ちくま新書)によると、今の日本社会では、大学卒業者が漸増してきたために、大卒者と非大卒者の学歴分断線がますますはっきりと社会の前面に出てきているという。つまり、高等教育を受けるかどうかは、個々人の幸福にかかわるというよりも、社会全体の経済をどのように発展させるかとか、社会統合をどのように実現していくかというより大きな視野からとらえるべきではないかと思う。だからと言って、むやみに国の借金を増やすべきではないことも確かではあるが…。
 同じ新聞に田中秀明さんが幼児教育をめぐる「こども保険」構想について「格差と不公平」を拡大させるという批判論を書いていて、この2つを合わせて読み、考える必要がありそうである。

5月12日
 黒川創『鷗外と漱石のあいだ 日本語の文学が生まれる場所』(河出書房)を読み終える。たぶん、一昨年に買って、途中まで読んでそのままにしていた本である。日本語による近代文学の成立について、単に日本だけでなく、中国(本土と台湾)、朝鮮における近代文学の成立まで視野に入れて論じた書物である。この本については、また機会を改めて取り上げることにしたい。
 石崎徹さんのブログを見ていたら、私の『虞美人草』に関連して、ご自身の『虞美人草』についての意見が記されていた。黒川さんの本を読んで、『虞美人草』執筆前後の日本の社会の様相が私の頭の中に十分に入っていたとは言えないことを感じたので、『虞美人草』について次に取り上げる際には、石崎さんの読み方についての意見、また私が読み落としてきたことについての補足なども記していくつもりである。

5月13日
 神保町シアターで『おふくろ』(1955、日活、久松静児監督)を見る。田中千禾夫の戯曲の映画化で、井手敏郎が脚本を書いている(田中の夫人で同じく劇作家であった田中澄江は映画の脚本も手掛けていたのだが、この映画化には加わっていないようである)。戦争で夫を失った母親(望月優子)は2人の子どもを懸命に育ててきたのだが、大学生の兄(木村功)の就職の話はなかなか進まず、高校生の妹(左幸子)もわがまま放題に生きている。家族3人、それぞれ心の中で将来のために良かれと考えていることがあるのだが、それがうまく伝わらないし、また伝えようともしないようである。兄の友人の役で、まだ頬を膨らませる前の宍戸錠がでているのがうれしい。まだ若かった左幸子も新鮮に思われた。

 すずらん通りの檜画廊で保坂優子作品展「テーブルに着くことから始めよう」を見る。この作家の作品展はかなり前に1度見て、その後何度も案内をもらったのだが出かけることができずにいた。人間と動物、あるいは自然が会話を交わすというような幻想的な主題を、かなり克明な描法で描いたエッチングとガラス絵が展示されていて興味深かった。

 「かばち」さんのブログを見ていると、現在、横浜駅周辺を探索中のようで、普段歩き回っている人間とは別の目からの発見があるだろうと楽しみにして読んでいるところである。 

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虞美人草

 取り上げてくださってありがとうございます。でもぼくのはかなりいい加減な思いつきです。
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