夏目漱石『虞美人草』

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 蔵書の整理をしていたら、ワイド版岩波文庫の『虞美人草』が出てきた。漱石が東京帝大と一高の講師を辞めて朝日新聞社に入社して、初めて書いた長編小説であり、明治40年(1907)6月23日から10月29日までにわたって朝日新聞に連載された。明治文明開化以来の価値観の葛藤の中で、解説の桶谷秀昭の言葉を借りれば「道義の徒が我意や利害打算の徒を打倒し制裁する」(423ページ)という「勧善懲悪」の物語であり、漱石の作品の中ではきわめて派手な外見をもつ。それがさらに女主人公である藤尾の形象や物語の展開を記していく美文調の文章と相乗して華美な効果を生んでいるが、「勧善懲悪」という見地からすれば、そういう外見的な華やかさが作品に込められた著者の主張を殺してしまっているともいえる。大衆的な人気を博したにもかかわらず、漱石自身がこの作品をその後は高く評価しなかったのはある意味で当然のことであろう。
 そうはいっても、なかなかよくできた面白い小説であることには変わりなく、改めてこの作品を読み直してみようと思った次第である。特に、この作品の中に展開される漱石の文明批評が、登場人物の形象と言動にどのように表現されているかに注目しながら、大体4回くらいに分けてあらすじを追っていこうと思う。作品の背景や周辺について予習しているわけではないので、いい加減なことを書くおそれがあることをお含みの上、読んでいただきたいと思う。

 1
 京都旅行中のいとこ同士で仲の良い宗近君(名前は一、28歳)と甲野さん(名前は欽吾、27歳)が今日は比叡山に登っている。二人とも定食についているわけではなさそうであるが、甲野さんは大学で哲学を勉強し、宗近君は外交官の試験を受験したが落第し、再受験の準備中らしい。世俗的で心身ともに健全な宗近君と超俗的で体が弱そうな甲野さんという2人の対照的な人物が登場するが、この2人があまり共通点がないにもかかわらず、仲がいいらしいことがうかがわれる。

 2
 東京の甲野君の家で、甲野君の妹の藤尾(24歳)が文科大学の卒業生である小野清三(27歳)の指導で、『プルターク英雄伝』のアントーニウスの章のアントーニウスの死の知らせを受けたクレオパトラの姿を描く場面を読んでいる。2人はシェイクスピアの『アントニイとクレオパトラ』の話などしながら、心を通わせている様子である。買い物に出ていた藤尾の母親が戻ってきて、世間話をする。気持ちがふさぎがちな甲野さんを宗近に頼んで旅行に連れ出してもらったようである。藤尾は何やら由緒ありげな金時計を持ち出して、小野にこれを贈ろうかどうしようかと謎めいた行動をする。〔プルターク(プルタルコス)の英雄伝はもちろん、ギリシア語で書かれているのだが、小野さんと藤尾が読んでいるのはその英訳であろう。藤尾の訳読は、もちろん実際は漱石自身が訳しているのであるが、どの程度正確かどうかは原文を読んでいないからわからないが、日本語としては見事なものである。なお、文科大学というのは東京帝国大学文科大学=文学部のことである。〕

 3
 京都の三条の宿屋で宗近君と甲野君が話している。隣家から琴の音が聞こえてくる。宗近君はその琴の弾き手である娘の顔を見て、「藤尾さんより悪いが糸公よりは好いようだ」(52ページ)と無遠慮な感想を述べる。糸公と呼ばれているのは宗近の妹の糸子のことである。糸子は美人ではないかもしれないが、裁縫が得意である。甲野君は「御糸さんは藤尾なんぞと違って実用的にできているからいい」(58ページ)と評価する。2人の会話から、甲野の家の抱えている問題が少し明らかになる。外交官であった甲野の父は外国で死んだばかりで、家の相続が問題になっている。2で藤尾が小野さんに見せていた金時計はその父親の遺品で、彼女は子どものころからこの時計をおもちゃにしていたらしい。宗近君は卒業祝いにこの時計をやろうといった伯父の言葉を記憶していて、形見にこの時計がほしいという。〔藤尾が金時計の鏈(くさり)についている柘榴石(ガーネット)が気に入っているという箇所が面白い。漱石は読んでいなかったと思われるが、コナン・ドイルの「青いガーネット」(The Blue Carbuncle)という小説があって、その最大の謎は、実はガーネットはだいたいにおいて赤系統の色の石で、青いガーネットというのが実在するのだろうかということなのである。〕

 4
 小野さんの半生が振り返られる。恵まれない環境に育った彼は京都で井上孤堂先生の世話になり、上級の学校、さらに大学へと進むことができた。大学では成績優秀で卒業時に銀時計を頂いた。今は博士論文を執筆中である。「博士の傍には金時計が天から懸っている。時計の下には赤い柘榴石が心臓の炎となって揺れている。その側に黒い眼の藤尾さんが繊(ほそ)い腕を出して手招ぎをしている。凡(すべ)てが美しい画である。詩人の理想はこの画の中の人物となるにある。」(64ページ) 小野さんはいつの間にか、こうした将来を描くようになっていた。そこへ、京都にいる孤堂先生から家を畳んで上京したいのでよろしくという手紙が届く。孤堂先生は自分の娘の小夜子と小野さんを結婚させたいのであり、そのことを小野さんはよく知っている。そこへ同じく孤堂先生の門下であった友人の浅井が訪ねてくる。浅井もまたいよいよ小野と小夜子が結婚するものと思っている。浅井と一緒に下宿を出た小野さんは甲野の邸に向かう。

 5
 京都にいる宗近君と甲野さんは嵐山に花見に出かけ、そこで旅館(蔦屋)の隣の家で琴を弾いていた娘を見かける。さらに保津川下りを楽しんだ後、茶店で再び娘を見かける。宗近君が探り出したところでは彼女は「京人形じゃない。東京ものだ」(88ページ)である。

 6
 宗近君の妹である糸子が甲野邸を訪問し、藤尾と話している。遊び歩いている藤尾と、家の中にこもっている糸子ではあまり話は弾まないが、その弾まない話の中で二人はお互いの腹の内をさぐりあう。糸子は自分の兄と藤尾を結婚させたいと思う一方で、欽吾に惹かれている。それを見透かした藤尾は私の姉さんのつもりでと言ってきた糸子に、あなたの方が私の姉さんよとやり返す。
 そこへ小野さんがやってきて、小野さんが京都で育ったこともあって、京都滞在中の宗近君と甲野さんの噂が出る。京都での様子について、藤尾はいろいろ想像をめぐらすが、想像力の貧しい糸子はついていけない。小野さんはなぜか浮かない様子である。〔「小米桜の後ろは建仁寺の垣根で」(102ページ)という藤尾の言葉がどうも気になる。宗近君と甲野さんが泊まっている旅館は三条にあるが、建仁寺は洛東で四条のさらに南にあるから、地理的に不合理である。〕 

 ここまでで主要登場人物はだいたい出そろった。孤堂先生と小夜子が物語の中で見え隠れしているのも、小説的な技法として見事である。物語の性格上、それぞれの登場人物の性格が比較的類型的に設定されているのは『坊っちゃん』と共通するのではないか。ただ、その中で小野さんが異質な存在だという桶谷秀昭の指摘には傾聴すべきものがある。今回読み直してみて、6で藤尾が従妹の糸子をいじめたおす場面はどうも不愉快であった。とはいうものの、このあたりの心理描写はなかなか見事で、漱石は英文学から大いに学んでいるということも言えそうである。文明批評と言いながら、そういう部分にはあまり触れずに来てしまった。次回以降、その点についても気を配って読んでいきたい。 
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