ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(18-1)

4月26日(水)曇り

 ベアトリーチェに導かれて、天上の世界に飛び立ったダンテは月天、水星天、金星天、太陽天を経て、火星天に達した。そこで彼は「己の十字架を背負ってキリストに続く者」(=広い意味での殉教者、第14歌、218ページ)たちの魂に迎えられる。その中からダンテの玄祖父であるカッチャグイーダの魂が現われ、自分がダンテの先祖であり、十字軍に参加して戦死したこと、彼の時代のフィレンツェは貴族と市民とが平和に暮らす市であったのが、その拡大とともに封建領主たちの<奪う文化>が市に入り込み、市の中で対立が起き、それに教皇と皇帝が介入したために争いが絶えなくなったと述べた。そしてダンテが近い将来、故郷であるフィレンツェから追放されて、仲間たちとも別れ、つらい亡命生活を送ることになるが、死後の世界を訪問して見聞したことを人々に語る義務を果たさなければならないと彼の将来を予言する。死後の世界の遍歴の中でダンテが有名な人々に会ったのは、彼のこの使命と関連する神慮であったというのである。

 自分の未来を予言(将来のことを示しているという意味では予言であるが、神意を受けているという意味では預言である)するカッチャグイーダの言葉を聞いて、ダンテは思い悩む。
すでにあの祝福された鏡は自分だけの思念を
楽しみ、私は苦味を甘さでやわらげながらも
考えては思い悩んでいた。
(268ページ) 「あの祝福された鏡」はカッチャグイーダを指す。彼は神からの叡知の光を反射しているから、鏡に譬えられているのである。「苦味」は追放の苦しみを味わうこと。「甘さ」は前回に触れたように、スカーラ家の食客になることである。

 その様子を見たベアトリーチェは悩むのをやめて、彼女が「あらゆる不正の重荷を取り除かれる方」(同上)である神とともにあることを思えと助言する。彼の地上での苦しい歩みは、地上を超えて神を目指す救いの道であり、神の前では取り除かれることになるという。この言葉に振り向いたダンテは、彼女の瞳の中に神の永遠の美が流れ込んで、それが自分にも伝わってくることを感じた。
微笑み一つの光で私を圧倒しながら、
彼女は私におっしゃった。「向きを変えて聞きなさい。
私の瞳の中にだけ天国があるわけではないのですから」。
(270ページ)

 ダンテに向かってカッチャグイーダは、火星天にいる殉教者たちの魂を紹介した。それは旧約聖書に登場するモーゼの後継者としてイスラエルの民を率いたヨシュア、紀元前2世紀にセレウコス朝シリアからのユダヤ人の独立戦争を指導したが、戦死したユダス・マカバイオス、カロリング朝第2代のフランク王であり、西欧を統一し、800年に教皇から西ローマ帝国の皇帝冠を受け、理念上のローマ帝国を復活させたカール大帝、その甥で大帝によるイスラーム・スペインへの遠征が失敗した際に、撤退する軍勢の殿軍を務めロンスボーで戦死したという(伝説上の人物である)ローラン、同じくカール大帝の時代にイスラーム勢力を相手に活躍したオレンジ公ギヨームと、その従者であったと言われる伝説の巨人ルノワール、第一次十字軍を率い、エルサレムを奪還したゴッドフロワ・ド・ブイヨン、11世紀に南イタリアからイスラーム勢力を撃退したロベール・ギスカールらの魂であった。
 これらの魂は、太陽天でキリスト教的な知を身につけたダンテに対し、その知を守るために必要な精神の強さを示すものである。それは地上に帰った預言者ダンテが、周囲の人々から迫害されながらも真理を語るために必要なものであった。

 ダンテは次に何をなすべきかを知ろうと、ベアトリーチェの方を向いた。
すると、あまりに澄みきった、
あまりに喜びにあふれたその眼光が目に入り、その姿は、
つい先ほどのものも含めてそれまでの彼女を凌駕していた。
(273ページ) こうしてダンテは火星天で見聞すべきものを見聞し、木星天へと向かうのである。

 ダンテが「殉教者」として挙げている人々には歴史的な人物とともに、伝説上の人物が含まれていることも彼の世界観や歴史認識を示すものとして興味深いが、彼らの事績がそれぞれいやに戦闘的であることが気になる。キリスト教の特に初期における「殉教者」の中には非暴力を貫いた人もいるわけで、そういう人についてダンテがどのように評価していたのかも知りたいところである。
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