ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(17-1)

4月12日(水)晴れのち曇り

 ベアトリーチェに導かれて地上から天空へと旅立ったダンテは、月天、水星天、金星天、太陽天を経て、火星天に到着した。そこで彼を迎えたのは、「己の十字架を背負ってキリストに続く者」(=殉教者、第14歌106行、218ページ)の魂であり、その中からダンテの玄祖父であるカッチャグイーダの魂が彼に近づき、ダンテの質問に答えて、大銀行家に支配される以前の古き良きフィレンツェについて、さらに封建貴族と市民が一体化していたはずのこの市の各階層がどのように反目するようになったかを語った。その中では血統の高貴さが無価値であり、国や都市や家の浮沈は、天空からの影響という運命の結果でしかなく、ある人や集団や国が栄えているのは、それらが正義にかない、神に認められた高貴さをもっているからだという訳ではないことが述べられた。

 第17歌では、冒頭で、太陽神アポロンの息子であるパエトーンが無謀にも太陽の馬車を導こうとして失敗し、行動を外れて墜落した挙句、神の雷に打たれて死んだという神話が語られる。ここでは、世界の運行を制御すべき者、例えば君主や教皇や詩人、哲学者たちが、人間の能力の限界をわきまえずに行動することが批判されている。つまり、人は謙虚に己の状況を受け入れることから出発すべきだとダンテは主張しているのである。

 ダンテは、カッチャグイーダの魂に向かって、自分の未来の運命について質問を試みる。
私は、ウェルギリウスとともにあって、
魂達を治療する山に登り、
あるいは亡者どもの世界を降っていた間に、

我が人生の未来について
重くつらい言葉を聞かされました、我が身を
運命の打撃にも揺るがぬ立方体のように感じてはいても。

そこでいかなる運命が私に近づいているのか聞けば
我が願望は満たされることになりましょう。
あらかじめ来ると分かっている矢は威力が落ちるのですから。
(256ページ) ダンテはウェルギリウスとともに地獄、煉獄を遍歴している時に、自身の将来についてあいまいな形で知らされてきたが、それをはっきり聞きたいという。アリストテレス『ニコマコス倫理学』によれば、アレテー(徳)に即して活動する人は<正方形>として運を味方につけ、不運を上手に避けていくと256ページの傍注に記されている。『ニコマコス倫理学』は40年ほど前に読んだことがあるが、そんな個所があることは知らなかった。忘れたのか、読み落としたのか。

 これに対しカッチャグイーダの魂は異教(=ギリシア・ローマ)の予言者のように曖昧な言葉ではなく、はっきりした言葉でダンテに答えた。地上の世界は偶有の世界であるが、それでも神は全時空にわたる事象を映すので、神を見ると、将来のことがわかるという。それによれば
おまえはフィオレンツァを去らねばならぬ。

これは望まれ、すでに企てられている。
そしてキリストが毎日売買されている場所で
計画をもくろんでいる者により、すぐにも実行されるであろう。

罪は、敗北を喫した党派に対し、噂を理由にして
押しつけられよう、世の常のように。しかし天罰こそは
それを配剤される真理の証となるはずだ。
(258-259ページ) 「キリストが毎日売買されている場所」は教皇庁を指す。1302年に教皇ボニファティウスⅧ世はフィレンツェの黒派(急激に有力となった大銀行家と教皇派貴族)と同盟し、政権を握っていた白派をクーデターによりフィレンツェから追放した。ダンテは白派の一員であった。

おまえは何にも増して大切に愛してきたあらゆるものを
置いていくことになる。そしてこれこそが
追放の弓が最初に放つその矢なのだ。
(259ページ) フィレンツェを追放されたダンテは友人や家族、名誉を失い、つらい亡命生活を送ることになる。

おまえは身をもって知るであろう、他人のパンが
どれほど塩辛い味がするか、他家の階段を降り、登るのが
どれほど厳しい道かを。
(同上) 「他人のパン」の塩辛さとは、亡命し食客として生活する辛さのこと。また「階段を降り、登る」のは、ダンテが主人の好意で食客として3階に住むことを示す。当時の大邸宅では2階に主人一家が、3階に使用人らが住んだ。「険しい道」は政治状況等によっては彼が窮地に追い込まれることを暗示する。

そしてお前の両肩に何より重くのしかかるのは、
邪悪で愚かな仲間であろう。
おまえはその者どもとともにこのような奈落の底へ落ちることになる。
(260ページ) 亡命処分となった人々は堕落の道をたどり、ダンテにとって重荷となる。彼は1302年、1303年の夏のフィレンツェの亡命白派と皇帝党連合の対フィレンツェ黒派の軍事行動には参加したが、白派が決定的な敗北を喫する1304年のラストらの戦いには参加せず、その後は単独行動をとった。
この者どもの獣のごとき愚劣さについてはその行いが
証となるであろう。それゆえおまえの声望のためには
おまえだけで一人一党をなすがよい。
(同上) ダンテの亡命仲間の堕落について、彼は具体的には語っていない。とにかく、彼は彼らから離れて一人で歩むことになる。

 『神曲』の語り手であるダンテが地上楽園から飛び立ったのは1300年4月13日の正午のことであり、1302年にダンテはフィレンツェを追放される。実際に『天国篇』が書かれたのは1310年代の後半のことであるから、カッチャグイーダの「予言」は実は、ダンテの経験そのものであったのである。
 第17歌は、33歌からなる『天国篇』のちょうど中間点に位置し、前半部分を終わらせ、『天国篇』の結論部分となる後半への橋渡しになっている。ここで1300年以後のダンテの運命が語られているのは意味のあることである。次回に取り上げる後半では、追放後のダンテの運命が語られる。
 ダンテを追放したフィレンツェの有力者たちの大部分が専門の歴史家にしか記憶されていないのに対して、『神曲』とその作者である詩人の名が長く語り続けられているのは運命の皮肉以上のものを感じさせる。
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