ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(16-2)

4月5日(水)晴れ

 ベアトリーチェに導かれてダンテは地上から天空の世界へと旅立ち、月天、水星天、金星天、太陽天を経て、火星天に到着する。そこで彼を迎える魂たちの中からひときわ明るく輝く魂が現われ、自分は彼の玄祖父で十字軍で戦死(殉教)したカッチャグイーダであるという。ダンテはカッチャグイーダに向かって彼の先祖について、またカッチャグイーダの時代の(ダンテの時代から100年以上昔の)フィレンツェの様子について尋ねる。

 カッチャグイーダは
都市でさえ滅ぶがゆえ、
血統が絶えることを聞いても
不思議とも、理解しがたいとも思われぬであろう。

おまえたちの事物にはおしなべて死がある、
おまえたちと同様に。だがそれは
長く残るものでは隠れており、一方で人生は短いのだ。
(245ページ)と、都市や家にも栄枯盛衰があることを述べる。そしてダンテが質問したフィレンツェの貴族について、語りはじめる。

 まずカッチャグイーダの時代にはすでに衰えていた貴族たちの名を列挙し、彼の時代以前から彼の時代まで栄えていた(ダンテの時代には衰えたり、追放されたり、断絶していたりする)貴族たちの名を挙げる。
高慢ゆえに滅ぼされた者たちがあれほどに栄えていたのを
わしは見た。そして都市が偉業をなすたびに
黄金の玉が花の都フィオレンツァを花と飾っていた。
(248ページ)  前回も触れたが、フィオレンツァはフィレンツェの古い呼び方である。

 そしてダンテの時代まで名を知られていた貴族たちについて語る。最後に、カッチャグイーダの生きていた時代にはフィレンツェの市政の主導権をめぐる争いは起きていなかったという。
これらの人々とともに、また彼らと並ぶ他の人々とともに、
わしは見たのだ、あれほどに安らかだったフィオレンツァを、
涙をもたらす原因などそこにはなかった。
(252ページ) 教皇党と皇帝党の争い、さらにダンテも巻き込まれた教皇党内部における争いは、フィレンツェが都市として拡大し、その人口構成が複雑になってきたことにより起きたものである。
これらの人々とともにあって、わしは見たのだ、栄光と正義に満ちる
その市民達を。それゆえに百合の紋章は
逆さにされて竿の下に置かれることなどなく、

引き裂かれて朱に染められてもいなかった。
(同上) 「百合の紋章」はフィレンツェのものであるが、「逆さにされて竿の下に置かれる」は戦争に敗北したものの旗が受ける扱いである。1251年にフィレンツェの教皇党は皇帝党を追放して、市の紋章を白地に赤い百合の花に変えた。最後の行はこのことを批判的に語ったものである。

 ダンテは自分の先祖の口を借りて、フィレンツェの歴史についての自分の考えを述べているのであるが、彼の考えが復古主義的なものではなく、また彼の時代の社会のかなり正確な観察に基づいたものであったことについては、翻訳者である原さんの解説に詳しく論じられている。そして、彼の歴史観、政治観はその後のイタリアの社会思想の展開に大きな影響を及ぼしたことも付け加えておくべきであろう。
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