二十四孝

5月9日(木)晴れ

 NHKカルチャーラジオ「文学の世界」『落語・講談に見る「親孝行」』第6回「する孝行と聞く孝行―落語『二十四孝』」を聞く。前回に続いて、三代目三遊亭金馬の口演の一部を聞くことができた。それが何よりも嬉しい。

 『二十四孝』は中国の史上から24人の孝行者を選んだ中国の古典文学で、元時代に郭居敬という人が作ったと言われる。日本には江戸時代以前に伝わり、大変よく読まれてきた。勝又さんは触れなかったが、『お伽草紙』の中に含まれているほどである。ということは子どもにもよく読まれたり、読み聞かせられたりしてきたということである。

 落語「二十四孝」はがさつで乱暴者の八五郎が大家のところに駆け込んで、離縁状を書いてくれという。妻だけでなく、母親にも出すというのであきれた大家が「二十四孝」のわかりやすそうな逸話を選んで話して聞かせるが、八五郎は混ぜっ返してばかりいる。それでも大家に、親孝行をしろ、そうすれば離縁状を書いてやると言われて、家に戻り、母親から死んだ父親の墓参りに出かけて来いと言われて、墓参りをすると墓石がぐらぐらと揺れる。帰宅して妻に事の次第を告げると「まあえらいことがあるもんだねえ、だけどお前さん心配してたんだよ、さっきの地震にどこで遭ったい?」

 笑いの対象になるのは八五郎であるが、彼にも言い分はある。1つは「二十四孝」に出てくる親の要求が日常生活のレヴェルを離れていることである。第2にその解決に奇跡が絡んでいることである。このことについて、勝又さんは江戸時代を通じて孝行の徳に天が感じるという「孝感」は一般的に信じられていたし、われわれの意識の中にもそのような考えの名残りがあるのではないかと指摘している。江戸時代という異文化を理解するうえで考慮すべき議論であろう。

 そして笑いの対象となっている八五郎が大家さんに屈しないで説教を茶化す場面では、むしろ「二十四孝」の不適切性が明らかにされている。この点で勝又さんが、庶民が日常生活のレヴェルで親を大事にするという親孝行=「する孝行」は実践可能であるが、物語としては面白くなく、日常レヴェルを越えて奇跡が起きるような「聞く孝行」が面白くて耳になじむという2つの孝行の区別を論じているのは興味深い論点である。

 この議論とは別に問題にしてよいのは、「二十四孝」が子どもの想像力と経験の発達に即して不適切な物語を含んでいるのではないかということである。この点については魯迅が『朝花夕拾』の中で論じている。郭巨の釜堀の話を読んで、自分が穴に埋められるのは困ったことだと思ったという。これは決して批判精神が豊かな賢い少年だけのもつ感想ではなかったのはないか。
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